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話題の『ビッグデータ・ベースボール』の著者を直撃!メジャーリーグで、この次にカギを握るデータは何か?

谷口輝世子スポーツライター
パイレーツのクリント・ハードル監督(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

1993年から20年連続で負け越していたパイレーツの2013年シーズン快進撃の舞台裏を追跡した『ビッグデータ・ベースボール』。2015年に出版されると、ニューヨークタイムズ紙ベストセラーになり、今年3月には、邦訳『ビッグデータ・ベースボール』(角川書店)も出た。ビッグデータの活用で、パイレーツが20年間の暗黒時代から再生していく様子が丁寧に書き込まれており、パイレーツの一員になって頭脳と身体とを使い、戦っているかのような興奮が味わえる一冊だ。

パイレーツは成績低迷の不人気球団。低予算でのやりくりを強いられており、フリーエージェントとなった奪三振王投手らは高価過ぎて獲得できない。

手持ちの選手で勝ち数を増やすためにはどうしたらよいのか。野球は打球の方向や落下点によって安打になったり、アウトになったりする。データによって相手打者の打球の傾向をつかみ、それによって大胆な守備シフトを徹底した。

大金を積まなくても「良い」選手を獲得するためにはどうしたらよいのか。データを分析することで失点を防ぐ技術は何かを見つけ出し、その技術を持った選手を獲得した。それが、ストライクかボールか判定の微妙な球を、ストライクにできる技術を持ったマーティン捕手(現ブルージェイズ)だった。

とはいえ、ビッグデータの活用はほとんどの球団が試みている。なぜ、パイレーツは成功したのか。データを活用にするにあたって、現場の反発がそれほど大きくなかったのか。

ソーチック記者
ソーチック記者

筆者は『ビッグデータ・ベースボール』の著者であるトラヴィス・ソーチック記者に取材する機会を得た。

ハードル監督の存在。

ソーチック記者は、ハードル監督がユニホーム組の選手やコーチとデータ分析の職員との間にお互いの仕事を尊重し合い、意見を交わしやすい環境を作り出したと見ている。

ソーチック記者は「今でも、野球界には(データと現場の)分断はある程度は存在すると思います。でも、パイレーツはその分断の程度がとても少なかった。ハードル監督自らが(分析スタッフの)マイク・フィッツジェラルドを遠征にも帯同するように招待したのです。ハードル監督は共に時間を過ごすことによって、もっと会話が増え、もっと信頼し合えると考えていたからです」と言う。

ユニホーム組が、プロ野球経験のないデータ分析スタッフの意見を軽視したり、見下したりして、そのデータを利用しようという気持ちがなければ、分析スタッフ側にも不満が募る。しかし、パイレーツの雰囲気は違った。

ソーチック記者は著書でも少し触れているこんなエピソードをつけ加えた。「相手打者への内角攻めは効果があるという、アイデアはコーチ陣から出ました。コーチ陣が分析スタッフに、内角攻めの配球が相手打者に対して効果があるか、打率やゴロについて調査するように依頼したのです。データはコーチの考えを裏付けるものでした。データの裏付けによって、選手たちに『やっぱり効果がある』と伝えることができるわけです。(話し合える)環境があることでより多くのアイデアが生まれ、交差することで興味深い解決策につながっていきます」。

今やデータはどの球団もが手にしているが、そこから何を見出すことができるのか、そして、チームとして受け入れて実行できるかで差がついた。ビッグデータを集団として使いこなせるかどうかは、メジャーリーグ球団という職場での信頼関係や人間関係にかかっているところが大きいとも言える。

選手個人への恩恵は?

『ビッグデータ・ベースボール』を読むと、チーム全体だけでなく、個人としてデータ活用の恩恵を受けていることも分かる。

ソーチック記者は「チームだけでなく、データに関心のある選手はその恩恵を受けることができますね。パイレーツのクローザー、マーク・マランソン投手は守備のシフトに対してとても多くの優れた質問を(分析スタッフ)にしています。彼の主な球種はカットファストボールです。守備のシフトが彼の投球にあわせたものになるように調べたいと考えているのです」と話した。

野球殿堂入り投手のグレッグ・マダックスは優れた観察眼と頭脳で、配球やそれに対する打者の反応を予測することに長けていたといわれている。経験のない若い選手でもデータをうまく使えば、観察眼に優れたベテラン選手と同じように相手打者や投手の傾向や次の一手を予測することが可能になってきているのだろうか。

ソーチック記者は「経験がなくても、これは(対戦相手の)選手が過去にどのようなことをしてきたかのデータです、というものはありますからね。選手としての経験が意味のないものになるとは思いませんが。私たち記者の仕事もそうなってきていますね。実際に取材したことのない選手でも、公になっているデータからその選手の長所や短所をつかむことができますね」

次にカギを握るデータは何か。

2013年からのパイレーツ成功の秘訣は、もはや秘訣ではなくなった。では、次にカギを握るデータはずばり何かをソーティック記者に尋ねた。

「ケガをいかに防止していくか、だと思います。パイレーツはそのことにも焦点を合わせています。野球界では、過去10年間で、投手が故障者リストに入ったことにより、30億万ドルから40億万ドルの損失があったと言われています。球団が、選手のケガの予測、ケガの防止をある程度できるようになり、2-5%でもケガを減らすことができれば、大きな強みになるはずです。パイレーツの選手は、心拍やカロリー消費などを計測できるものを身に着けていて、例えば天候によって選手がどのくらいのストレスを受けているかを知ることができ、登板間の練習量を決めていく助けになります。また、グラウンド上での選手のステップも記録しています」。

そしてパイレーツは野球界の外へも目を向けている。NBAの昨季優勝チームで、今季はシーズン最多記録を更新したウォーリアーズの成功を調べはじめている。

ソーチック記者だから書けた内容。

ソーチック記者の仕事ぶりを2日間、近くで見た。彼はデータに詳しく、それを熱心に調べると同時に、首脳陣の決断や選手のプレーが、データとどのように関連しているのかを直接に質問することを怠っていなかった。

仕事中のソーチック記者
仕事中のソーチック記者

データだけの記者ではなく、ストーリーだけの記者でもない。両方を兼ね備えているソーチック記者だったからこそ、ユニホーム組と分析スタッフとが信頼し、協力することでビッグデータをうまく活用したパイレーツの内側を十分に描き切れたのだろうと思った。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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