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イチロー、タイ・カッブ、ピート・ローズ。4000本安打の3人を直接インタビューした男の話

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

先月、プロ野球選手として最も安打を記録した選手は誰かについて「プロ野球選手としての」最多安打記録は、イチローか、ローズか、カッブか。そして、ニグロリーグのことを書いた。

メジャー(レギュラーシーズンとポストシーズンを含む)、マイナー、他国のトッププロリーグでの通算安打のトップ3はピート・ローズ、タイ・カッブ、イチローである。

この3人を直接にインタビューした人物がいる。

デトロイト・タイガースで長く実況中継を担当した故アーニー・ハウエルさんだ。

ハウエルさんは1918年、米国ジョージア州に生まれた。同州エモリー大学を卒業後に地元のラジオ局WSBでスポーツの実況やレポートの仕事を始めた。

ジョージア州はタイ・カッブの出身地でもあった。カッブは引退後はジョージア州に戻っていたのだ。

ジョージア州のラジオ局WSB勤務時代の若き日のハウエルさんは、録音機材を車に積み込み、ラジオの技術者とともにタイ・カッブの家まで出かけ、すでに現役を引退していたカッブ直撃取材を試みたという。

取材に行く前に、タイ・カッブは気難しく、いかにインタビューするのが難しい人物であるかについて、ハウエルさんは上司から何度も聞かされたそうだ。しかし、取材相手がどういう人物であるかは、他の人の評判や先入観ではなく、自分自身で判断するべきだとハウエルさんは考えていた。

カッブは意外にもハウエルさんの取材の申し出を断らなかったという。ハウエルさんは当時を振り返って「カッブは意地の悪い年寄りだと言われたけど、彼はとても温かい人で、もてなしてくれた。カッブはインタビューを断らなかった。私は彼の家のリビングルームでインタビューしたんだ」と筆者に話してくれた。

ハウエルさんは1948年には、アトランタ・クラッカーズという野球チームで実況アナウンサーをしていたが、前代未聞の選手との交換トレードでブルックリン・ドジャースへ移籍。

その後はニューヨーク・ジャアイアンツ、ボルチモア・オリオールズ、ゴルフ中継で活躍。1960年からタイガースの中継アナウンサーとなった。

ハウエルさんは現役時代のカッブを取材することはできなかったが、ハウエルさんが、現役時代のカッブをよく知るフレッド・リープ記者にインタビューしていたものも残っている。

インタビュー時期は不明だが、ハウエルさんはピート・ローズにもインタビューしている。

ハウエルさんはピート・ローズにこんな質問をしている。著書(The Babe signed my shoe)より。

「あなたが、タイ・カッブの通算4000本安打を抜いた時は、多くの人があなたを応援していた。ハンク・アーロンがベーブ・ルースの本塁打記録を追いかけていた時とは雰囲気が違ったように思います。何か理由があったと思いますか」

これに対し、ピート・ローズは「タイ・カッブは嫌な人間で、試合では激しい選手でということが書かれていた。人々はそういうことでカッブを苦々しく思っていた部分があったのだと思う。ハンク・アーロンの本塁打記録について報道されるようになった時には、ベーブ・ルースについてもポジティブに書かれていたから、そういったことも関係したのだと思う。何よりも僕はベーブ・ルースが史上最高の野球選手だと考えている。他の誰も成し遂げていないことをしているし、野球を救った選手でもあるからね」などと答えている。

ピート・ローズは、タイ・カッブが人格者でなかったという評判があったから、自分がカッブの記録を更新するときに多くの野球ファンが記録更新を受け入れ、応援してくれたと考えていたようだ。野球賭博によってメジャーリーグから永久追放となっているローズの今の状況と、イチローの日米通算安打がローズのメジャー通算安打を抜いた時の盛り上がりを考えると、複雑な感じもする…。

ハウエルさんがイチローを初めて取材した日のことは筆者もよく覚えている。2001年7月31日のことだ。マリナーズが敵地デトロイトに乗り込んだ日、打撃練習中のケージの後ろのあたりで、ハウエルさんとイチローは握手を交わしていた。ハウエルさんはイチローにタイガースの本拠地球場であるコメリカパークの印象などについて取材したそうだ。この時、ハウエルさんは83歳。現役の実況アナウンサーだった。

ハウエルさんは2003年以降は第一線から退いたが、それでも、ゲスト実況者としてラジオやテレビ中継に関わり続けた。

人との間に壁を作らず、誰にでも声をかけ、声をかけられたら、それに応じる。明るくユーモア好きな人柄が、気難しいと言われたタイ・カッブのインタビューを成功させ、多くの選手から胸の内に秘めた言葉を引き出してきたのだと思う。

2010年に92歳で亡くなった。遺体を納めたひつぎは球場に運びこまれ、ハウエルさんの声を通じて試合を観戦してきたファンたちがお別れをした。

イチロー選手が日米通算安打でピート・ローズの持つメジャー通算安打を上回ったこと。これについてタイ・カッブに取材できるのは、天国にいるハウエルさんしかいないと筆者は思っている。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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