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選手の身体情報はどこまで共有できるのか。過去にはメジャーリーグでDNA鑑定も。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

今朝、私は健康診断に行ってきた。健康状態に問題なしと判断されれば、健康保険の掛け金が安くなるかもしれないからだ。私は米国に住んでおり、民間の健康保険に加入している。 

今日の検査は簡単なもので、身長、体重、血圧、血液検査だった。10年以上前のことだが、生命保険に加入したときに受けた検査は、これに加え尿検査とHIV検査もあった。

ただし、遺伝子検査は受けていない。米国は医療保険会社や雇用主が個人の遺伝情報に基づき差別することを法で禁じている。

遺伝情報には、将来、発症するかもしれない病気のリスクがある程度は分かり、長期的な健康管理に役立つとされている。その一方で、現在は病気を発症していないにもかかわらず、将来的にリスクの高い人と見なされることで、健康保険の加入や雇用の際に不利を被るかもしれない。こういった状況を避けるため遺伝情報に基づく差別を禁止する法が作られた。また、遺伝情報は変更不可能な個人情報でもある。

一般人の私のようなものでも、血液検査や尿検査の結果によって、健康保険や生命保険の掛け金や加入に影響がある。

高額で契約をするプロアスリートの健康状態は、契約するチーム側にとっては極めて重要な情報だ。さらに個別に詳しい内容を得ることができる選手の遺伝情報は、プロ選手の雇用主にとっては、ぜひ欲しいものかもしれない。スポーツ選手の育成やスカウティングに関わる人も、選手の将来性を占うために手に入れたい情報だろう。しかし、法により、遺伝情報に基づく雇用の差別は禁じられている。

メジャーリーグでは2009年以前に選手に対してDNA鑑定をしていたことがある。

DNA鑑定の対象になったのは、これからメジャーリーグ球団と契約を結ぼうとしていたドミニカ共和国の少年選手たち。メジャーリーグ側が、ドミニカ共和国の少年選手たちが別人になりすましていないか、年齢を詐称していないかを調べるために検査を受けさせていたという。

これを2009年夏にニューヨーク・タイムズ紙がスクープした。DNAの鑑定では、年齢を特定することはできないが、両親の実子であるかどうかは分かる。同紙によると、両親と子どもの出生証明書と突き合わせ、兄弟姉妹がいる場合は彼らとの出生証明書なども併せて、すり替えや詐称がないかどうかを確認していたのだという。記事ではこれらの行為が違法かどうかはグレーゾーンであるとしている。

ここ数年は、ウエアラブルデバイスで選手たちの身体情報を取得することも盛んだ。

身体に取り付けた端末により、心拍数や活動量を計測。データから疲労度を見て、適切な起用法やトレーニング量の設定などに使われる。選手が最良のコンディションで最高のパフォーマンスを発揮できる状態を作ることは選手自身だけでなく、スタッフの仕事でもある。ウエアラブルデバイスでデータを集めることによって、ケガの防止に役立てたいという期待も大きい。

これらの情報がどこまで共有されるかは、データを利用する雇用主側とプロアスリート側とが合意しなければいけない。

睡眠時や休息時のデータも取得したいからという理由で、選手は24時間365日分のデータを雇用主側に提供できるのか。プロアスリートがプライベートの時間を、どのように過ごしているかの情報を渡してしまうことでもある。

米国では今秋、ミシガン大学アメリカンフットボール部がナイキと提携契約を結んだときに、ウエアラブルデバイスによって取得した練習や試合中の選手のデータ提供が、契約内容に含まれていたことが問題視された。

ナイキ側は取得したデータは研究開発のみに使うとしている。しかし、学生選手は立場が弱い。労働組合を持たないことから、身体情報をナイキと共有する契約に「ノー」という声をあげることができない。

ちょうど1年前のこと。前田健太投手がドジャースと契約した。前田は身体検査でイレギュラーな点があったと明かし、格安ともいえる内容で契約した。ドジャースは、昨オフに身体検査の結果、岩隈久志投手との契約を白紙に戻している。

球団側からすれば、ケガのリスク=働けないリスクについて十分に調査するのは当然の戦略。しかし、選手側からすれば、発症はしていないが、リスクが高いという検査結果が契約を左右することになる。

プロアスリートの身体情報は大きなお金が動くもの。遺伝情報、ウエアラブルデバイスによって取得した選手の身体データは、どこまで、誰と共有できるものなのか。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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