熱狂的なスポーツ観戦は、体の薬か、それとも毒か。
スポーツファンにとっては、手に汗を握って見入ってしまうイベントがある。
金メダルのかかった日本代表のオリンピック競技、ひいきのプロ野球チームの日本シリーズ第7戦、負けたら敗退の高校スポーツのトーナメントでの接戦など、胸が躍り、たまらなく楽しい。
私たちが大一番の試合を観戦するとき、観戦する人間の身体にはどのようなことが起こっているのか。
スポーツをすることや、スポーツを見ることは一般的に余暇の楽しみだ。これまでの研究結果では、スポーツを見ることにより、選手や他の観戦者との一体感が感じられることや、見ているだけでも、感情が解放される利点があると言われている。
スポーツを見る人の心身について、FIFAワールドカップの観戦者を調べた興味深い研究がある。
2010年のFIFAワールドカップの決勝は、スペイン-オランダの組み合わせだった。スペイン、オランダとも過去にFIFAワールドカップで優勝がないという事情もあり、両国にとっては注目の一戦。このときのテレビ中継の視聴率はスペインでは86%、オランダでは90%だったと言われている。
この決勝のファンについて、スペインのバルセロナ大学とオランダのアムステルダム自由大学が調査を行った。
調査対象は、スペイン人で、この決勝を観戦した58人(投薬や他の治療を受けていた人を除外して、実際には50人。男性25人、女性25人)。
試合のない日、試合のあった日(試合前から試合終了まで)の被験者のテストステロン量と、コルチゾールの量を調べた。
男性ホルモンの一種であるテストステロンは、性衝動や攻撃性、生き生きと活動することと関係があると言われている。コルチゾールはストレスがあると分泌されると言われている。
これらの量を調べると同時に、試合前には被験者がスペイン代表をどの程度熱心に応援しているかを自己申告してもらい、スペインとオランダの試合結果をどのように予想していたかなども事前にアンケートで調査していた。
調査結果は次のようなものだった。
通常の日の同じ時間帯に比べて、FIFAワールドカップの決勝では、被験者のテストステロンは平均で29%高かった。男性のほうが、変化の幅が大きかった。
1994年のFIFAワールドカップの観戦者を調べた先行研究では、応援していたチームが勝ったファンはテストステロンが増えるが、応援していたチームが負けたファンは試合終了時にテストステロンが減少することが報告されている。しかし、この2010年のFIFAワールドカップでは、スペインが勝った後も、スペイン人ファンのテストステロンは増えることなく、試合の間、ほぼ同じレベルだったという。
ストレスと関わりがあるコルチゾールは、通常の日よりも平均で52%高かった。男性の平均では通常よりも77%高く、女性平均は通常よりも32%高かったという。
しかし、試合観戦中にコルチゾールが通常よりも高い値になった人たちには、性別以外にも特徴があった。より熱心なファンであると申告し、勝敗予想時に、被験者平均予想を上回る得点差で「勝つ」と予想した人ほど、コルチゾールの値が通常よりも高くなったという。男性で、より熱心なファンで、得点差を平均以上に大きく見積もってスペインが勝つと予想した人ほど、コルチゾール値がいつもより高かったことになる。
覚えている人も多いだろうが、スペイン-オランダ戦は0-0のまま、延長へ突入し、延長後半11分でスペインのイニエスタがゴールを決めて、これが決勝点になった。
調査した研究者たちは、観戦者がストレスを感じる要因として、
どうしても勝たなければならない。
しかし、最後まで結果が分からない。
勝たなければ、熱心なファンという社会的ステータスの何かが脅かされる。
などと関係があるようだと見ている。
これとは別の研究で、2006年のFIFAワールドカップ時のミュンヘンで、ドイツの試合があった日に循環器の急な不調で救急病棟を訪れた患者数の変化を調べたものもある。
この調査によるとドイツチームの試合があった日は、ドイツチームの試合のない日に比べて、循環器の不調で救急病棟を訪れる人の数が2.66倍だったという。しかも、試合開始から2時間の間が、最も発生数が多かったそうだ。この調査を行った研究者は、もともと心疾患を抱える人で、熱狂的に応援をする人は、観戦によるストレスが身体不調の引き金になるのではないかとしている。
ファンは見ているだけで、実際にプレーするわけではない。それでも、観戦しているだけでテストステロンやコルチゾールが通常よりも多く分泌される。スポーツ観戦は感情解放や人とのつながりというメリットがあるとされているが、あまりにも熱くなることは、身体にはストレスにもなるようだ。