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オスカー・ノミネーション発表間近。今年は人種問題を超越した"愛"に注目したい!!

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
シャイロンとケヴィン@ムーンライト

いよいよ明日、日本時間で午後10時に第89回アカデミー賞(R)のノミネーションが発表される。昨年、主にアフリカ系俳優とその関連作品が候補から漏れたことに対して"白すぎるオスカー"との疑問が提示され、大いに物議をかもしたが、今年はまるで意図したかのように真逆になりそうな気配。アフリカ系アメリカ人をフィーチャーした作品が数多く候補に名を連ねるのはほぼ間違いない。

去年とは真逆の作品と人が並びそうな気配が

デンゼル・ワシントンがトニー賞に輝いた戯曲を自ら監督・主演する「Fences」は、1950年代のアメリカ、ピッツバーグを舞台に、かつて人種差別によって野球選手としての道を諦め、今はゴミ収集車の運転手をしながら家族を支える主人公と家族の葛藤を描く人間ドラマ。舞台で主人公とその妻を演じたデンゼルとヴィオラ・デイヴィスが映画でも続投していて、共に主演男女優賞入りが期待される。また、全米ナンバーワンヒットで船出した「Hidden Figures」は、地球周回軌道飛行を達成した初の宇宙飛行士、ジョン・グレンを支えたNASAの女性スタッフの存在に着目した実録もの。オスカー女優のオクタヴィア・スペンサーを筆頭に、タラジ・P・ヘンソン、ジャネール・モネイ等のアンサンブル演技が高く評価されている。

今年の傾向を表す2つのデリケートな作品

以上は、人種問題や人種の多様性を真っ向から描いた候補予想作だが、実は今年の傾向を象徴する作品は他にある。まず、すでに全米の各批評家協会賞やゴールデン・グローブ賞を手中にしている「ムーンライト」だ。同作はマイアミの犯罪地帯で生まれ育った主人公のシャイロンが、少年から大人へと成長していくプロセスを、3つの時代に描き分けたクロニクル。ドラッグ中毒の母親にはスポイルされ、学校ではそのひ弱な体が虐めのターゲットにもなるシャイロンだが、新鋭監督のバリー・ジェンキンスは、かつてのストリートキッズものにありがちな少年たちを否応なく暴力や薬に向かわせる環境の劣悪をもろに描くのではなく、シャイロンと彼の初恋の相手である級友、ケヴィンとの純愛にフォーカスすることで、類い希な普遍性をゲット。成長の過程で2人がいかに生き延びてきたかといういい加減描き尽くされた社会的な背景は、久々に再会する彼らの過剰に鍛え上げられた肉体や思い出話にのみ止めたジェンキンスの演出は、過去のどの作品とも異なる切なくて、且つ強烈な後味を残して終幕を迎える。その時、観客は誰もが同じ肌の色に見える月明かり=ムーンライトの真意を知ることになるのだ。

リチャード&ミルドレッド@ラビング
リチャード&ミルドレッド@ラビング

また、「ラビング 愛という名のふたり」は、今からわずか60年前、アメリカの多くの州で異人種間の婚姻が禁じられていた時代のバージニア州で、結婚を決意する白人のリチャードと黒人のミルドレットが、いかに法律上の婚姻を勝ち取ったかを描く実録ドラマだ。2人が異人種間の婚姻が許可されているワシントンD.Cにわざわざ出向き、結婚の手続きを済ませたものの、バージニア州の判事から婚姻無効、州外退去を言い渡され、以降、終の棲家と結婚の2文字を手にするまでの道程は、気の遠くなるような難業には違いなかったはず。途中、夫妻の前にアメリカ自由人権協会所属のリベラルな弁護士が登場して、 メディアを巻き込んだ人種差別撤退のムーブメントも描かれる。故に、これは典型的な社会派映画かと思いきや、さにあらず。こちらも若手のジェフ・ニコルズ監督は、夫妻を演じるために所縁の資料を漁り、外見は勿論、内面を掘り起こして役に挑んだというジョエル・エドガートンとルース・ネッガ(共に演技賞候補入りの可能性あり)から、無言のうちに互いの愛を確認し合う男女の有り様を引き出して、声高ではなく、この社会に寛容の必要性を呼びかけている。

彼ら、僕らが生きる社会は依然として不寛容だが、それに真っ向から勝負を挑むのではなく、より深い部分から静かな声を発しようとする「ムーンライト」と「ラビング」は、少なくとも、今年の賞レースを、そして、今のアメリカと世界を考える上で重要なヒントになり得るもの。"白すぎないオスカー"はどんな裁定を下すのか?心して待ちたい。

「ムーンライト」3月31日より、TOHOシネマズシャンテ他全国公開

配給:ファントム・フィルム

(C)2016 Dos Hermanas, LLC. All Rights Reserved.

「ラビング 愛という名のふたり」3月3日より、TOHOシネマズシャンテ他、全国順次公開

配給:ギャガ

(C)2016 Big Beach, LLC. All Rights Reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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