「データ収集する公衆トイレ」は是か非か

医療費抑制や犯罪防止のために、政府がトイレを監視することは許されるのか?

カナダのトロントに、驚くような公衆トイレが導入された。"Quantified Toilet"(定量化トイレ)と名付けられた装置で、各種センサーが備えられており、利用者の排泄物をその場でチェック。血中アルコール濃度や薬物、感染症、さらには妊娠中か否かまで把握することができる。まさに「スマートトイレ」といったところだろう。

しかし驚くのはまだ早い。このトイレ、トロント市内の各所に設置され、リアルタイムでデータを集約するようになっているのだ。もちろん匿名化された上での話だが、こうして得られた「ビッグ・トイレデータ」を分析することで、トロント市民がどのような健康状態にあるのか、どこかで感染症が広がる兆候はないのか、あるいは危険な犯罪が起きようとしていないかといった判断を行おうというのである。また利用が急増しているトイレについては、定期清掃の時間を待たずに清掃スタッフを派遣するといった対応を行うことも期待されている。

このプロジェクトは既に、トロント市が進める「ヘルシー・ビルディング・イニシアチブ」に参加しており、行政機関を支援するために"Quantified Toilet"が使われようとしている――

収集されたデータ。性別や排泄物の量、臭い、さらに妊娠中か否かまで把握されている。
収集されたデータ。性別や排泄物の量、臭い、さらに妊娠中か否かまで把握されている。

――というのは、実はまったくの作り話だ。公式サイトをよく読めば分かるように、これはトロントで開催された"Critical Making Hackathon"というハッカソンを通じて生まれた思考実験で、既に多くの反響を呼んでいるそうである。現在もフィードバックを受付中で、公式サイトから感想を書き込むことが可能だ。

ただし"Quantified Toilet"を実現する技術は、決して絵空事ではない。例えばタニタは、尿をかけるだけで6秒で尿糖値を測定できる携帯型センサーを発表している。また群馬大学とNECソフトは、唾液や尿を使って数分で疲労やストレスなどを把握するセンサーの開発を始めている。尿ではないが、アルコール呼気検査を可能にするスマートフォン用機器/アプリが登場しているのをご存知の方も多いだろう。さらに空港にサーモグラフィを設置し、体温の高い(つまり何らかの病気にかかっている可能性の高い)入国者をチェックするというのも似たような発想だ。そして防犯カメラに写っている人物の性別や年齢層を、正確に把握する画像解析技術もある。こうした機器や技術をネットワークでつなぐ仕組みさえ作ってしまえば、リアルQuantified Toiletの完成だ。

しかし技術的に可能という話と、社会的に可能という話はイコールではない。いくらデータが匿名化されているから、あるいは医療費抑制や犯罪防止、美しい公共スペースという社会的な価値に貢献するからと言われても、何となく不安を感じるというのが本音だろう。果たしてQuantified Toiletのような取り組みは許容されるのだろうか?

興味深い調査結果がある。インテルが調査機関のPenn Schoen Berlandと共に世界8カ国で行ったアンケートによると、 「スマートトイレ」で収集されたデータをシェアしても良いと答えた回答者は、全体の70パーセントにまで達した。さらに同じ調査では、血圧などのバイタルサインをシェアしても良いと答えたのは84パーセント、またいわゆる「スマートピル(錠剤)」のように体の内部をモニタリングする機器から得られたデータをシェアしても良いと答えたのは75パーセントに達している。

70%の人々は「スマートトイレ」からのデータ収集を許容?
70%の人々は「スマートトイレ」からのデータ収集を許容?

ただこれをもって、「Quantified Toilet型の取り組みは許容され得る」と考えるのは早計だろう。自宅にあるトイレでデータ収集されるのと、公共の場でデータ収集されるのとでは明らかにシチュエーションが異なり、インテルの調査で回答者がどちらを想定していたのかまでは分からない。さらにバイタルサインや内蔵に関するデータのシェアに対する許容度に比べると、「トイレ」に関係するデータについて許容度が低くなっている点も気になる。合理的な反応ではないにしても、排泄物を測定されるという点で心理的な抵抗感が強いのかもしれない。そしてデータ収集するのが医療機関なのか、一般的な私企業なのか、あるいは行政機関なのかという点でも反応は大きく変わると考えられる。

また流石に排泄物を調べられるというのはハードルが高いが(サイトを解説した当事者たちも、プライバシーと監視のあり方を考えてもらうためにあえてトイレというテーマを選んだようだ)、収集される情報がそれほどプライベートなものではなく、さらに収集の目的が納得できるものであれば許容度が上がるかもしれない。例えば先ほどの空港の例では、確認されるのは体温のみで、さらに感染症の上陸を水際で防ぐという目的が掲げられている。もちろん個人差はあるものの、この場合であればデータ収集は気にならないという人が多いだろう。公共の場で不特定多数のデータを集めるという立て付けは同じでも、主語や目的語が少し変わるだけで、社会的に許されるかどうかの判断がガラリと違ってくるのだ。

プライバシーをめぐる議論はよく環境破壊に喩えられるが、環境破壊と異なるのは、「これ以上は危険」という客観的な基準を設けるのが難しいという点だ。しかもその基準は、時代や世代、文化等によっても変化する。ならば多くの議論を通じて、いわばトライ&エラーを通じて社会的な許容範囲を探っていくしかないだろう。今回の"Quantified Toilet"は思考実験に過ぎないが、だからこそ本当にこのような事態が実現して大騒ぎになる前に、議論を深めておく効果が期待できるのではないだろうか。