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メキシコ人ジャーナリストのヘルナンデスさん -「最後まで声を上げ続ける」

小林恭子ジャーナリスト
「自由ペン賞」を受け取るヘルナンデスさん。WAN-IFRAのウェブサイトから

明日生きているかどうかも、分からないーそんな状況でジャーナリストとして活動を続けている人がいる。たった一人ではない。世界にはたくさん、そんなジャーナリストたちがいる。

メキシコ人ジャーナリスト、アナベル・ヘルナンデス(スペイン語読み、エルナンデス)さんも、その一人だ。

ヘルナンデスさんは、世界新聞・ニュース発行社協会(WAN-IFRA)による、今年の「自由ペン賞」(Golden Pen of Freedom)の受賞者だ。8月22日に行われたヘルナンデスさんの受賞スピーチの文章に、先日、遅まきながら接する機会があった。過酷な状況に生きるヘルナンデスさんの覚悟に心を打たれた。

人権団体などによると、メキシコは「ジャーナリストにとって、世界で最も危険な場所」になりつつある。

ロイター通信の9月8日付の記事によると(以下、引用)ー。

米国のジャーナリスト保護委員会(CPJ)は、(9月)8日、麻薬絡みの犯罪が相次ぐメキシコでは、ジャーナリストが麻薬組織の報復を恐れて事実を報道できない状態が続いていると報告した。

同国では、カルデロン大統領が2006年末に麻薬密売組織との全面戦争を宣言して以降に2万8000人以上が殺害されており、このうち9割が未解決となっているという。被害者の大半は警察官や麻薬組織の殺し屋だが、中には裁判官、刑務所職員、ジャーナリストも含まれる。

CPJはレポートで、2006年末以降、30人以上のジャーナリストが麻薬組織に関する報道を行ったとの理由で殺害され、メキシコはジャーナリストにとって最も危険な地域の1つだと指摘。その上で、麻薬組織による報復は「法律的、国際的に保護されている表現の自由の侵害だ」と強く批判した。(引用終わり)

ヘルナンデスさんは1993年からジャーナリストとして活動を開始。緊縮財政を約束していたフォックス大統領(当時)が官邸の補修に巨額の公費を使っていたことを報道し、2002年、メキシコのジャーナリズム賞を得た。2010年には「麻薬密売人たち(The Drug Traffickers)」を出版。これは暴力団と高級官僚、政府の癒着を暴露したもので、殺人予告を受ける日々が続いている。

受賞スピーチにこめられたメッセージの強さは今でも変わっていない。

WAN-IFRAから翻訳の許可を得たので、紹介したい(若干、言葉を補足した部分があります)。

***

アナベル・ヘルナンデス氏の自由ペン賞の受賞スピーチ(8月22日、第64回世界新聞会議が開催された、ウクライナ・キエフにて)

1年と9ヶ月前には、この場にいることをまったく想像できませんでした。毎朝、生きていることに驚き、過去6年間で6万人以上が政府や暴力組織に処刑されてきた、燃え尽きた国を目にしてきました。処刑された人たちの目は再び開くことはありません。麻薬戦争撲滅という名目の嘘の戦争によって、1万8000人以上の子供たち、少年少女、親たちが姿を消したこの国で、自分の子供、親、兄弟を抱きしめることができることに驚いています。姿を消した人々の家族は自分たちの子供、親、兄弟を再び抱きしめることはできないのです。

2010年12月、5年間にわたる調査の末に、「麻薬の密売人たち」という本を出したとき、カルデロン政権の公安省の高官たちから死刑宣告を受けました。カルデロン大統領が誘拐の実行者や、米国の麻薬取締局によれば世界で最も強大な麻薬組織といわれる「シナロア」と関係があることを暴露したからです。

2010年12月1日から、私の頭には値段がつきました。この日、私は生き残るために戦おうと決意しました。その日から、私が最も愛するものを失いつつあります。家族が攻撃を受け、武装した男たちによって姉妹が自宅で嫌がらせを受け、私の情報源になっていた人たちが行方不明者のリストに入ったり、殺害されたり、不当に投獄されました。毎日、この重みを胸に抱いて生きています。いつ自分の人生が終わりになるのか、分からないままで、です。

世界から見れば、メキシコは燃え尽きたような国でしょう。何が起きているのか十分には分かりにくく、この地球上のどこでもが同様の状況になり得るとは思えないでしょう。メキシコ内の恐怖や死が生み出すアドレナリンを求めて、近年、世界中からやってきたジャーナリストたちと話をする機会がありました。ジャーナリストたちは、襲撃、死体、ばらばらになった体をさがすためにやってきます。絞首刑になった人を数え、暗殺者たちをインタビューしますが、問題の原因にまで到達しないのです。

2010年にノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサがかつてこういったことがあります。メキシコには「完全な独裁体制がある」と。現在のメキシコは、「完全な犯罪者の独裁体制」です。これまでで最も抑圧的な政権は、メキシコの政治および経済権力と結びついた、組織犯罪の権力による政権です。腐敗したそして罪を罰せられない国家体制があるために、これが可能になるのです。無関心や恐怖によって分断されている無気力な社会を背景に、道義に反する体制が自己を維持し拡大する、完璧な環境を作り上げています。こういうことを話したり、書いたりすることのほうが、麻薬販売人や麻薬販売人のために働くことよりももっと危険なのがメキシコです。

この政権の下で、何千人もの罪のない子供たち、若者たち、女性、男性たちが殺害されました。メキシコの土地を掌握し、国民を恐怖、脅し、誘拐、免責の体制に従属させています。表現の自由を抑圧する政権です。過去10年間で、82人のジャーナリストたちが処刑され、16人以上が行方不明となり、私も含めた数百人が脅しを受けています。こうした事例の80%が、もうすぐ退任するフェリペ・カルデロン大統領の政権で発生したのです。

この政権では、ジャーナリストに対する犯罪が罰せらません。ジャーナリストが働くには世界で最も危険な場所といわれるメキシコの政府は、世論や国際社会からの批判をかわすために、ジャーナリストを守るための検察事務所を作り、殺人事件を解決しようとしていると説明しています。この事務所が何をやっているかというと、ジャーナリストの殺害事件に連邦および地方政府の同意があったことを隠すことだけです。予算は74%カットされています。政府の関心の高さを表しているようです。事件の90%には何の処罰も下されないままです。犯人が投獄されるのは10分の1です。

メキシコ内の表現の自由の危機は、相当深刻なレベルに到達しています。メディアは恐れていますし、政府との経済的関係を温存させようとしています。ジャーナリストたちが殺されたり、脅されたり、行方不明になっても、ほとんど抵抗しません。何の行動も起こさないのは、組合に連帯感が欠落しているためや、メディア界に利己主義者たちがいるためですが、それと同時に、殺害されたジャーナリストたちやこうしたジャーナリストたちを援護する人たちを、政府が犯罪者扱いするからです。ジャーナリストの家族はどこにも行き場がありません。拷問を受けたり、ばらばらにされた体がゴミ袋の中に棄てられており、これを家族が拾うだけです。口を閉ざし、頭をたれているしかありません。悪名高い政府が、何の証拠もないのに、ジャーナリストたちが麻薬密売に関わっていたと主張するからです。

1年と9ヶ月前、私はこの野蛮さを行きぬくだけでは十分ではないと思いました。自分の顔に風が吹くのを感じること、きれいな空気を吸うこと、愛する子供たちの笑顔を見ることーそれだけでは、十分ではないのです。口を閉ざしたままの人生は、この地球上では、人生がないのも同然なのです。いかに汚職、犯罪、免責が私の国で継続して力をつけているかについて、沈黙しながら生きることは、死ぬことなのです。私は、メキシコの腐敗、政治家、官僚、ビジネスマンたちのメキシコの麻薬組織との癒着を非難し続けます。現在のメキシコ社会は、戦うことをいとわない、勇気がある、正直なジャーナリストたちを必要としています。国際社会と世界のメディアは、私たちメキシコ人ジャーナリストたちと一緒に、メキシコの現状を深く考慮し、(真実を明るみに出すという)ゴールを果たす責務があると信じています。表現の自由がないところには、正義も民主主義もありません。

本日、私は自由のペン賞を授かりました。自分の仕事で何かの賞を取るなんて、思ってみたこともありませんでした。私はこの賞を、その声を死によって封殺され、強制的に行方不明とされ、検閲にあったすべてのメキシコのジャーナリストに捧げます。また、どんな犠牲を払ってでも、情報を与え、非難をする義務を果たすという模範的行為を毎日続けている、ジャーナリストたちに捧げたいです。

私は最後の一息まで戦い続けます。小さな例かもしれませんが、ジャーナリストとして、麻薬国家の中で、屈服してはいけないのです。後どれぐらいの日数、何週、何ヶ月、何年残されているのか、分かりません。麻薬がらみの汚職で私服を肥やし、人に言えない行為のために罪悪感を抱きながらも、罪を罰せられない、大きな権力を持つ男性たちのブラックリストに自分が載っていることは知っています。政治的なコストをほとんど払わずに、私に脅しを実行する時を待っていることを知っています。真実、私の声、ジャーナリストとしての仕事しか、自分を守るものはありません。

もし、その日が来たら、私を今のようにまっすぐ立っている格好で覚えて置いてください。亡くなったジャーナリストのリストに自分も入りたくはありません。戦って生き延びたジャーナリストの数字の中に入りたいです。

メキシコ国内の恥辱に責任を持つのは、確かに、メキシコ人自身です。でも、国際社会が、メキシコの麻薬国家に対し、無行動のままではいないことを望んでいます。カルデロン政権が終わっても、問題は解決しないのですから。この拡大する麻薬国家に対し、国際社会が自分たちの国境や経済を守り、元大統領であろうと、大統領であろうと、ビジネスマンであろうと、麻薬業者であろうと、隠れ家や保護を与えないように望みます。

私は生きていたいです。でも、沈黙のままで生きることは、死ぬことと同じなのです。

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参考

アナベル・ヘルナンデスさんの履歴

http://www.wan-ifra.org/events/speakers/anabel-hernandez

スピーチ

http://www.wan-ifra.org/events/speakers/anabel-hernandez

麻薬戦争のメキシコ、記者にとって「最も危険な地域」=米団体

http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-17136720100908

メキシコ麻薬抗争 記者45人以上が“報復殺人”の犠牲に

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120516/amr12051609490004-n1.htm

メキシコ基本情報(外務省ウェブサイト)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mexico/data.html

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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