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「パンク・ロックを聴いて、雷に打たれた思いがした」 イギリス英語をキーワードに活躍する川合亮平さん

小林恭子ジャーナリスト
ロンドンのカフェで取材に応じる川合さん
ロンドンのカフェで取材に応じる川合さん

昨年夏のロンドン五輪の取材中に、目がきらきらした日本人青年に会った。小柄な体の片手には大きなカメラ機材を抱えていた。

日本から五輪取材のためにやってきたという、ジャーナリスト、レポーター、コーディネーターの川合亮平さん(35歳)だった。

彼のブログ「東京発ロンドン経由世界行き」や英語学習に関するブログを読むと、川合さんがイギリス英語にこだわって仕事をしていることが分かった。英語学習者に向けての著作(「イギリス英語を聞く The Red Book」、「イギリス英語を聞く The Blue Book」など)もたくさんある。

ブログによれば、大阪で生まれ育った川合さんは、高校時代、決して英語が得意ではなかったそうだ。それが現在では英語を使って仕事をするまでになった。一体、どのようにして学習したのだろう?そして、イギリス英語にこだわる理由とは?

今年2月、英国に取材旅行でやってきた川合さんに話をじっくり聞いてみた。

―英語との出会いはどうだったのでしょう?

川合亮平さん:母親がわりと教育熱心で、もともと英語に興味がある人でした。小さいときに、母親からABCの手ほどきを受けました。出会いですね。

―あまり英語の成績がよくなかったとブログで書かれています。本当ですか?

本当なんですよ。

中学校の英語と高校の英語は、似て非なるものだと思っています。

中学英語は割りと感覚で良い成績がとれました。具体的な英語の勉強としては、音読を繰り返して、英語のリズムをたたきこむとか。でも高校の英語は、分析が中心です。理論が一番のようなことがあってー。

―文法に比重を置いた勉強だったんですか?

そうです。文法解説があって、単語、熟語をいくつ覚えてー。

―構文がどうだ、とか。

そうです。

高校に入って、英語は結構自信があったんですけど、最初の授業で、これはダメだな、と。完全に落ちこぼれました。アカデミックな英語に関しては。ただ、小学校からロックが結構好きだったんですね。

―ブリッティシュ・ロックですね?

そうです。結局、イギリスの原体験は何かと言ったら、小学校のときにパンクロックを聞いて、雷に打たれたような衝撃を受けたこと。セックスピストルズや、パンクロックに影響を受けた日本のバンド、ザ・ブルーハーツも大好きでした。

当時は芸術家になりたかったので、卒業後は大阪芸術大学に入学したんです。

―卒業なさったんですか?

中退なんです。芸術を実際に仕事にしてゆくのは無理だな、と気づきました。気づいたからには、4年間無駄な時間を過ごしたくなかったので、きれいさっぱり辞めたんです。

―その後は?

海外に出ました。英語の勉強のためと言うよりも、自分の人生がどうなるかと思って、海外に出たんです。そのためにアルバイトをして、稼いだ分だけのお金で、オーストラリアに10週間留学した。当時は、まったく英語力がゼロの状態です。でも、このときに英語でコミュニケーションすることの快感を知ったんです。

―そこから、ずっと勉強を?

そこからです。20歳から。自分の部屋にこもって、一人で、通信講座とか教材を使って勉強しました。

年はどんどんとっていくし、お金も稼がないとダメだしー。そのときの目標は、コミュニケーションレベルの高い英語を使える人になることでした。

当時、良い英語のコミュニケーターと言うのが、仕事としては何になるのか分からなかった。なけなしの知識から考えたのが、通訳者でした。

通訳になるために勉強をしていましたが、通訳にはまだなれないので、仕事しながら英語力を磨くために、英会話の講師になりました。

英語を使いながら、社会の中で職を見つけたのが、自分のブレークスルーになりました。23歳です。

20歳で中退して、3年間は、塾とかでバイトはしていたんですが、ほぼ勉強だけの生活でした。自分の中で、大学に行っていないので、大学に行ったと仮定して、4年目で何らかの職を得たいなというのがあったんで。仕事が見つかってよかったなあと思いました。

―勉強法は人によって違うと思いますが、今英語を学習している人は知りたいだろうと思います。お勧めの勉強法はありますか?

(しばらく考えて)最近良く、英語学習のブログとかで書いているのは、ちょっと哲学的な話になって申し訳ないのですが、ほとんどの人が「how」(いかに)の部分に注目していますよね。それはいいのですが、そのもっと前に、「why」(何故)というのがあります。何故自分は勉強しているのか、そこさえしっかりしていれば、「how」は何でもできると思います。英語学習の分かれ道はここです。

僕の場合は、あとがない状況で、学歴もないし、コネもないし、当時は、英語でやっていくしかない。そこが強力なモーチベーションになっていました。

今英語を学習している人は、何故勉強をしているのかと言う部分を振り返ってみるといいと思いますね。

―教材は何でもいいわけですね?

何でもいいと思います。

ただ、一つ言えるのは、何がいいかはそれぞれ違うということなんです。自分にあう教材は、しっくりくる感じがある。その感覚は大切にして欲しい。ぼくもいろんな教材を試したけれども、どれだけ人が良いといっても、自分にとっては合わないものがあります。

学習者は立場が弱いので、合わない教材を使っているときに、自分が悪いと思ってしまいます。絶対にそうではありません。

英会話の先生にしても、授業が楽しくない、乗らないというときに、自分が英語の才能がないのかなと思う学習者がほとんどだと思うんですけれども、教育の責任者の方に問題があると思うんです。

学習者は、もっとのびのびと自由に学べばうまくいくはずです。

―川合さんの場合、英会話の講師になって、そこから仕事が広がるわけですね。

そうですね。そのときはまだずっと通訳になりたくて、英会話講師をやりながら、通訳の学校に行っていたんですが、2年間勤めて、達成感が得られないもやもや感がありました。お金をもらった分のものを生徒に与えているかどうか、システムそのものが生徒さんにいいものを与えているのかどうかに、疑問が出てきたんです。

そこで、住んでいた大阪から東京に来ました。でも、何のあてもないし、実力も何もないし、英語力もそんなにあるわけじゃないし。

以前に大阪で勤めていた英会話学校の東京の事務所で翻訳コーディネーターの仕事を募集していたのですが、これに応募して、採用されました。サラリーマン生活に慣れてきた数年後から、少しずつ副業として今の仕事のきっかけになるような事を始めたんです。

―アルクの英語教育雑誌「English Journal」に書いたり、映画「ホビット」の主演男優マーティン・フリーマンなど、著名な方にたくさんインタビューしていますよね。

そうですね、全英アルバムチャート1位を獲得したエド・シーラン、アークティック・モンキーズ、キャサリン・ジェンキンスなど、英国出身のミュージシャンや俳優にインタビュー取材しています。

昔からメディアが大好きで、アートが好き、音楽が好きでした。今はフリーで仕事をしています。

―好きなことを職業にしたともいえますね。

そうです。本当にいろいろなことにトライしてきました。表に出た分の10倍ぐらいは失敗しています。

若い人はどんどんチャンレンジするべきと思います。やってみて、断られるのは当たり前。一個でもうまくいったら、そこからまた広がるんです。僕は、本当に細い糸を辿って、一個ずつ紡いでやってきました。広がっているとはいえ、基本スタンスは今でも一緒です。

―英会話講師や英語を使って仕事をしている人として、日本の英語教育について、提言したいことがあったら、教えてください。

考え方の転換です。僕もここに気づいてから、英語力が伸びました。

日本の英語教育は減点方式です。テストがあって、間違ったらダメ。「答えがあっていたらほめられる」よりも、「間違ったら怒られる」ほうに比重が置かれています。

言語は、発して何ぼやと思っています。間違っていると指摘され、自分を否定されたら、絶対に人は引っ込みます。

自分から前に出て行くのが言語だとしたら、日本の英語教育はまったく逆のことをやっている。やればやるほど、良いコミュニケーションをする人にはなれないと言う悪循環になっていると思います。

これはすごく根が深いです。意識していなくても、間違った英語を話したらダメという強迫観念が強いのです。頭では分かっていても、潜在意識の深いところまで入ってしまっています。

―ある意味では、英語以前の問題ですよね。

そうなんですよ。

知識があっても、コミュニケーションできないというのはそれが問題だったと思います。

僕の場合はそれをどうやって克服したのかと言うと、仕事で、いわゆる有名な人とか政府高官の人などを取材をさせてもらう機会に恵まれました。取材をしていたら、間違える場面は必ずある。だけど仕事は続けなければならない。

今までにいろんな方と仕事をさせていただきましたけど、自分の文法の間違いを指摘されたことは一度もない。極論で言えば、通じればいいということがあるからだと思います。

結局、間違う、あっている、というのは二の次で、仕事も友人関係も、相手と気持ちよくコミュニケーションをすることを優先することでいいと思っているからでしょう。

逆に言うとものすごく文法的に正しい英語を話していても、相手が不快な思いをしたら・・・それはコミュニケーションとしては丸ではない。

子供たちが、学生が、英語を発することで賞賛されるようなシステムを作れば、どんどん良くなると思います。

―英語を国際語として勉強し、小学校から英語を導入するべきと言う考え方についてはどうでしょうか?

基本的には、間違ったらダメという考え方があるかぎりは、どれだけ低年齢にしても一緒だと思います。高学歴の人が必ずしも英語が話せないというのは証明されていますし。

僕のような適当な性格のほうが、英語は伸びる傾向があると思います。言語は四角四面のものではなくて、流動的なものです。四角四面になると文法重視になり、それはいいのですが、それだけになると、流動的な部分がついていけなくなります。

ー何故、イギリス英語にこだわっているのでしょうか?

好きになったと意識したのは、ちょうど英会話講師になった23歳ぐらいの時。英語にアクセントと言うのがあるということが、耳で分かってきたのです。それまではどんな英語を聞いても一緒くたに聞こえたのですが。アメリカ英語、イギリス英語の区別ができるようになった。

友達の女性がイギリス英語を話したときに、その人が魅力的だということもあいまって、ものすごくいい音に聞こえたのです。そこから、イギリス英語にはまりました。

単純に好きだということのほかには、自分の独自性を出す意味でイギリス英語にこだわっています。

―将来の目標は?以前は、高いレベルのコミュニケーション力を身につけることでしたよね?

いろいろな意味で、イギリスと言う国にお世話になっています。だからできる範囲で、恩返しをしたいと思っています。

具体的には、日本でイギリスについての啓蒙活動をすることです。イギリスについてブログに書いたり、面白い人にインタビューして、日本語のメディアに発表したい。視野は広ければ広いほうがいいと思うのです。

僕と言う人間を通して、広い世界を日本人の、特に若い人に知ってほしいのです。夢を持てるような海外の人を紹介したいし、海外にもどんどん行ってほしい。

僕は、不完全でも、英語の世界に入って仕事ができることを体現しています。悪い所も含めて、自分をさらけ出しています。日本人の英語学習者が元気付けられるようにー。完璧じゃなくてもいいんだよ、と。不完全な自分を見せることで、英語教育に貢献したいと思っています。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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