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記者と読者の関係を変える、オランダの「コレスポンデント」

小林恭子ジャーナリスト
「コレスポンデント」の画面

オランダのメディア・スタートアップ「コレスポンデント」(De Correspondent)の話を、これまでに何度か書いたのだけれども「既存メディアの枠を打ち破るオランダでの試み」、「8日間で100万ユーロを集めたオランダの新メディアDe Correspondent」)、ジャーナリズの面で新しいと思ったことがあったので、記してみたい。

まず、記者=書き手と読者の関係が大きく変わる点だ。

これまでにも、「メディアサイトは双方向であるべきだ」と言われてきたし、もうそんなことを言う必要がないぐらい、既成事実化しているとも言っていいだろう。

しかし、その実態はというと、たいがいの場合、

―ウェブ記事の最後にコメント欄をもうけている

―ソーシャルメディアでシェアできる(例えばツイッターでシェアした場合、ツイッターのプラットフォームで議論が続く可能性)

-記者・編集スタッフがソーシャルメディア上で情報交換(感想を述べたり、時には批判したり、情報交換などが主)

などが中心だったのではないだろうか。

「オープンジャーナリズム」ということで、編集室の様子をガーディアン紙が見せていたこともあったし、ガーディアンは一定の才能を持つ人にはブログを開設させてもいる(「コメント・イズ・フリー」)。

作るほうからすれば、いちいち読者の意見を巻き込んで作るというのはやっかいではあったろう。どんどんニュースを発信していかなければならないわけだから。

「コレスポンデント」の場合、さらに一歩踏み込んだ関係性を作り上げているようなのだ。サイトを見ると、記者+読者の新しい関係がよく分かるつくりになっている。

今後、「コレスポンデント」がどこまで読者の支持を得るか分からず、もしかして私が気づかない、ほかのサイトがもうすでにやっているのかもしれないが、ひとまず、ここで紹介してみたい。

―関係性を変える9つのポイント

「コレスポンデント」の創業者の1人がブログ「メディアム」(4月30日付)で、記者と読者の関係性を変える9つのポイントを紹介している。タイトルは「なぜ私たちがジャーナリストを会話のリーダーとし、読者を専門コントリビューターとしているか」である。

9つのポイントとは

(1)「コメント」でなく「コントリビューション」

ウェブサイトの記事の下に設けられているコメント欄。これをコレスポンデントは「コメント」でなく、「コントリビューション」(貢献)と考えているという。

小さな言葉の違いかもしれないが、サイト側が読者に何を期待しているかを示すものだという。

察するところ、コメントといえば、記事=主があって、それにつく感想のような位置付けになる。しかし、記者よりも専門的な知識を持っているかもしれない読者が記事の厚みを増すために情報や知識を貢献する、というわけである。

(2)購読者(=メンバー)のみが貢献できる。実名のみ

コレスポンデントは年間購読制(60ユーロ=約8000円)をとる。購読した人だけが記事に貢献できる、としている。実名以外で記事に貢献したいなら、記者に電子メールを送ることを奨励している。また、完全に匿名にしたいなら、暗号化メールも受け取れるように設定されている。

(3)貢献したコンテンツはグーグルの検索対象に入らない

これで安心して、貢献できるというわけだ。読者の中にはグーグルに拾われることへの警戒感があるという。

(4)購読者はなぜその道の専門家なのかを表記できる

読者が貢献をするとき、「xxの博士号を持っている」などと書ける。短い履歴などを書くことで、さらに議論が深まるということのようだ。

(5)記者は2つの形で記事を出版できる

1つはすべての購読者用で、読み手に専門知識があるかどうかは問わない。2つ目は自分をフォローしてくれる読者用だ。自分をフォローしてくれるぐらいの読者には担当の分野の知識がある程度あることを意味する。こうすることで、記事に貢献するようなことを書く読者も、深いことが書けるし、議論がより高いレベルになる。

(6)すべての記事を読者への問いかけの形で終わらせる

こうすることで、記者がいわゆる「会話のきっかけを作る人」になれるということのようだ。

(7)読者にはゲストとしてコラムを書く機会がある

(8)世界でもっとも偉大な名刺整理箱を作る

まだ実験中の試みで、記者がよい情報を共有してくれた読者に「専門家」というタグをつける。タグ付けがたまったら、バッジを出すとか、書き手としてコレスポンデントに向かい入れるなどを考えているようだ。

(9)正しい態度から(すべてが)始まる

記者が読者との会話を始める役をつとめ、読者がそれに答えてゆくことで、サイトの質も高まるーこういう考え方があってこそ、テクノロジーが追いついてゆくのだという。

さて、ここまで読んで、ぴんと来た方も来なかった方もいらっしゃるだろう。(1)から(9)のポイントがどのようにサイト上に生かされているのかをみると、すっと頭に入るはずだ。

例えば、テクノロジー記者マウリツ・マルティン氏のコーナーはこんな感じになる。

画像

オランダ語が理解できなくても、まず、斬新なデザインにちょっと驚くだろうと思う。

イラストの上に記事のタイトルが重ねられ、下に記事が掲載されている(中身は購読者ではないと読めない)。読者への問いかけも下にある。

右側には記者のバイオ。電子メール、ソーシャルメディア、暗号化通信の連絡先。記者が面白い思った記事などが下に紹介されている。

記者が関心を持つテーマを読者も同時に追うことができる。会話が生まれる仕組みがここにある。

デジタルのニュースメディアで、どうやってニュース・記事を出してゆくか、どんな風にして読者をエンゲージしてゆくのか、まだまだこれ!という正解はないのかもしれない。

私自身は、コンテンツの編集者たちがテクノロジー、デベロパー、ウェブデザイナー、アーチストたちと働くことで、頭の中にあるぼやっとしたことが形になってゆく様子をコレスポンデントのサイトで見たような思いがした。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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