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英老舗メディアが女性を新編集長に ―どうやって選んだのか

小林恭子ジャーナリスト
英「エコノミスト」編集長ザニー・ミントン・ベドーズ氏(「エコノミスト」提供)

月刊誌「メディア展望」5月号の筆者原稿に補足しました。)

この頃では、経営トップが女性になっても驚くには当たらなくなった。しかし、英国の2つの伝統的なメディアがこの春、それぞれ新編集長を選任し、どちらも創刊以来の初の女性人事であったことで大きな注目を浴びた。英国の新聞や時事問題を扱う雑誌の編集長は男性が圧倒的に多く、いわゆる「ガラスの天井」を打ち破る、画期的な事態とも言える。

女性であるがゆえに選ばれたわけではなく、数人の候補者の中に入る位置に彼女たちがいたことで職を得た。そういう意味では、一つの社会的な動きとして評価できるように思う。

ニュース週刊誌「エコノミスト」と左派系高級紙「ガーディアン」の新編集長2人には

-編集過程に熟知した内部の人材

-編集スタッフの支持を受けた

という共通点があった。

元エコノミストがニュース週刊誌のトップに

「エコノミスト」のミントン・ベドーズ氏(「エコノミスト」提供)
「エコノミスト」のミントン・ベドーズ氏(「エコノミスト」提供)

今年2月からエコノミスト誌の新編集長に就任したのは国際通貨基金(IMF)でエコノミストとしての勤務経験があるザニー・ミントン・ベドーズ氏(47歳)だ。

2006年から編集長だったジョン・ミクルスウェイト氏が米ブルームバーグの編集長就任のためにエコノミストを去ったことでポストがあいた。ミントン・ベドーズ氏は同誌172年の歴史で初の女性編集長(創刊からは17代目)だ。

ミントン・ベドーズ氏はオックスフォード大学で哲学・政治・経済を専攻し、米ハーバード大学で修士号を取得。1994年、新興市場を専門とする記者としてエコノミストに入った。マクロ経済、ビジネス、金融、科学などを担当した。

職の募集は内々で行われ、現在エコノミストに勤務している人とかつて勤務していた人に声がかけられたようだ。13人がわれこそはと手を挙げた。女性の候補者はミントン・ベドーズ氏のみ。

候補希望者はエコノミスト・グループの取締役会長にメールを送り、立候補の意思と自分が編集長になったらどのように編集体制を運営するかを伝えた。候補者の名前と経歴をまとめたメールが編集スタッフ全員に送付され、スタッフは自分の意見を取締役会に送った。

取締役会で一人ひとりがプリゼンテーションを行った後、会長と取締役員2人が面接した。

最後に最終的な候補者がエコノミストのトラスティー(受託者)の批准を受け、編集長職を得た。

選出後、グループの会長で元編集長の1人ルパート・ペナン・リア氏はミントン・ベドーズ氏が「エコノミストとその自由主義的価値観を忠実に守る人物だ」と述べている。

エコノミストは前編集長による9年間で、部数を110万部から160万部に拡大させた。デジタル化にも熱心で、週1回の発行と同時に平日の早朝に数本の短い記事を組み合わせて送るアプリ「エスプレッソ・サービス」も開始している。米ニュース週刊誌「タイム」や「ニューズウィーク」の不振とは反対に好調が続いていたが、昨年の売り上げは過去15年で初の減少となった。これをどう解決するかが新編集長の腕の見せ所だ。

ガーディアンではスタッフの意見を反映させた

ガーディアンのバイナー氏(ガーディアン・メディア社提供)
ガーディアンのバイナー氏(ガーディアン・メディア社提供)

5月30日、高級紙ガーディアンの新編集長に就任したのが、キャサリン・バイナー氏(44歳)だ。編集長としては1821年の創刊から第11代目(1840年代に短期間編集長職にいた、当時18歳のラッセル・スコット・テイラーを入れると12代目)になり、女性としては初だ。

昨年末、編集長だったアラン・ラスブリジャー氏が、同紙を最終的に所有する有限会社「スコット・トラスト」の会長職に就任予定であることを発表。これに伴い、次期編集長の選考が始まった。(ラスブリジャー氏のこれまでについては、筆者ブログをご覧ください。)

トラストは年内に募集広告を出し、2月上旬を応募の締め切りとした。人材派遣会社の手も借りながら、26人の候補者が集まったという。

一方、これとは別にガーディアンとその日曜版に相当するオブザーバー紙の編集スタッフによる候補者を英ジャーナリスト組合(NUJ)主催の投票によって選んだ。トラストは投票結果を参考にして最終的な候補者を選ぶ予定であった。

労組員で投票をする権利を持った人は2つの新聞で働く964人。実際の投票者は839人だった(労組発表)。

2月末、ガーディアンのロンドン本社で4人の有力立候補者が将来の編集方針などを編集スタッフに説明した。その4人とは米国版ガーディアンの編集長(当時)バイナー氏、元ガーディアンのデジタル担当編集長エミリー・ベル氏、ガーディアン米国版の前編集長で元米CIA職員スノーデン氏のリーク情報を基にした一連の報道で中心的存在となったジャニン・ギブソン氏、ガーディアンの運営主体ガーディアン・ニュース・アンド・メディアのデジタル担当取締役ウオルフガング・ブラウ氏だった。4人中3人が女性である。

演説会の翌日から3月上旬まで投票が行われ、バイナー氏は全体の53%(438票)を獲得した。2位は188票のベル氏だった。

その後、スコット・トラストは労組票でトップとなったバイナー氏と、トラスト側が最終候補としてあげた元ガーディアンの副編集長イアン・カッツ氏(現在はBBCのニュース解説番組「ニューズナイト」編集長)とのどちらかを選択するかの話し合いを行い、最終的にバイナー氏が選ばれた。

トラストの会長リズ・フォーガン氏はバイナー氏のガーディアン紙での豊富な経験、スタッフを「活性化でき、勇気ある指導力」を持つこと、メディアの変化に対応し、「多様な見方を出し、自由主義的ジャーナリズム」を支えられることなどが決め手となったと発表した。

バイナー氏はオックスフォード大学で英語を専攻後、月刊女性誌「コスモポリタン」でジャーナリズムの世界に入った。英日曜紙「サンデー・タイムズ」を経て1997年、ガーディアンで働き出した。現在までの18年間に婦人面の担当から土曜日版の付録雑誌の編集長、特集面編集長を歴任し、オーストラリア版のデジタル部門の統括を成功裏に終え、米国版の編集長になった。

バイナー氏のもう一つの顔は演劇へのかかわりだ。2005年には中東で殺害された米国人活動家の人生を劇化し、現在もロンドンのロイヤル・コート劇場の理事の1人になっている。

予算の使い方にも采配を振るう役目を持つ編集長就任後の一つの課題はいかに負債を減らし、デジタル収入を増やすかだ。ガーディアンは紙の発行部数は大きく減っているが、ニュースサイトとしては世界でもトップクラスに成長した。

他の先進国同様、英国でも企業のトップ、経営陣、政治家、バスなどの大型輸送機の運転手などが女性であっても珍しくはなくなった。テレビのニュース番組で女性が紛争地のリポーターだったり、メインの司会者であったりする場合も多い。

出遅れていた感があったのが大手新聞の編集長の職であった。米国ではウオール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズなどの大手紙は女性の編集長を置いたことがなく、英国ではタイムズ、フィナンシャル・タイムズ、デイリー・テレグラフ紙も同様だ。ただし、それぞれ日曜日に発行されるサンデー・テレグラフが2000年代に2度、サンデー・タイムズとオブザーバーには19世紀に1度のみ女性編集長を置いたことがある。

それでも、英国新聞界(自称「新聞」のエコノミストも含む)の編集幹部は未だ閉じられた存在だ。有色人種の編集長は大手紙の中では左派系高級紙インディペンデントのみ。エコノミストの場合はオックスフォード大の特定のカレッジの卒業者がほとんどだ。

新聞・放送・ネットでジャーナリズムに従事する人に社会全体の人口構成を反映させることが、英メディア界の大きな課題となっている。

日本の新聞界は事情が異なるが、スタッフの意見を入れて選ぶ・・・というのは、なかなか面白そうだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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