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【権力との戦い方】 英ガーディアン編集者「出版して間違うほうが、情報を出さないで間違えるよりもいい」

小林恭子ジャーナリスト

(日本の調査報道にエールを送るために、過去記事に補足したものを数本、ここに掲載しています。今回で、ひとまずは最後になります。オリジナルは「Journalism」ーー朝日新聞出版社ーーに2010年から2011年に掲載され、筆者のブログやキュレーション・メディアなどに転載されました。)

今回は、内部告発サイト「ウィキリークス」と共同で一連のメガリーク報道を行った、英ガーディアン紙のイアン・カッツ副編集長(当時。現在はBBCテレビの時事番組「ニューズナイト」のエディター)に、作業の一部始終と編集方針を聞きました。(朝日新聞「Journalism」2011年4月号のコメントの一部が掲載されました。)

(ウィキリークスと複数のメディアとのメガリーク報道の一部始終については、こちらをご覧ください。)

***

―どうやってウィキリークスとの共同作業を始めたのか。

イアン・カッツ氏(ガーディアン・メディア&ニュース社)
イアン・カッツ氏(ガーディアン・メディア&ニュース社)

イアン・カッツ氏:これまでにもいろいろな事件で協力体制をとってきた。数年前にはケニア政府の汚職の話を一緒にやった。これは大成功のケースで、ウィキリークスが情報を取得してガーディアンでもすぐに公開した。英極右派政党BNPの党員名簿公開でも協力した。ガーディアンの調査報道記者デービッド・リーがウィキリークスの代表ジュリアン・アサンジとずっと連絡を維持してきた。

今回のメガリークに関しては、ニック・デービス記者が話を持ってきた。デービスはアサンジにブリュッセルで会って、一緒にやろうと呼びかけた。ニューヨーク・タイムズとドイツのシュピーゲル誌もこれに参加した。

極秘情報の受け取り方とは

―情報をどうやってアサンジから受け取ったのか?

3つの段階があった。最初に受け取ったのは戦闘記録で、データベースにアクセスするパスワードをもらった。米外交公電の場合は、リー記者がメモリースティックをもらった。リーはこのメモリースティックを持って休暇先のスコットランドに行った。3ヶ月ぐらい、自分で内容を吟味していた。すべてを1つのコンピューターに入れていた。

掲載の約一ヶ月前になって、社内にデータベースを作って、スタッフ内で共有できるようにした。この過程で、外国特派員が3-4人関わって、その後に8-9人ぐらいが関わった。それぞれの駐在先のオフィスからリモートアクセスでデータベースを使えるようにした。一人か二人の特派員にはロンドンに来てもらって、作業した。駐在先の国ではデータベースへのアクセスが自由にできなかったからだ。

こうして、最初のころは、デービッド・リー、それともう一人の調査報道部記者のロブ・エバンズも入れて、それからどんどんまた人を入れていって、専門記者も入れた。経済記者、環境問題の記者とか・・。

―ITエンジニアも?

そうだ。大部分はジャーナリストだったが。経済や金融、環境、エネルギー、医療、司法、スポーツ、メディアの記者も。全体では30-40人ぐらい。

―戦闘記録の分析には、軍事専門家も関わったのか?

この段階では外部からは人を入れなかった。ニューヨーク・タイムズやシュピーゲルとの共同作業の利点は、3つの媒体が協力したので、戦闘記録が何を意味するのかが分かり、すべての略語を読解できるようになったことだ。

原稿を書く段階になってから、よく専門家に聞きに行った。そのとき、ウィキリークスが出したこういう戦闘日記があるが・・・という聞き方はしないで、「こういうことが起きた」が、ちょっとつながりを見つけるのに協力してくれないか?と聞いた。その後は、自分たちで文脈を解明することができた。

―英国の政府当局とは連絡を取ったのか?

米外交公電の件で?

―そうだ。ニューヨーク・タイムズは大統領官邸と連絡を取ったようだが。

米外交公電に関しては、ガーディアンは確かに米政府に連絡した。しかし、私たちがやったこととニューヨーク・タイムズがやったことには違いがある。ニューヨーク・タイムズはどの公電を扱うかという情報を米政府と共有したが、私たちは共有しなかった。

ガーディアンは、ロンドンの米国大使館やワシントンの米国務省と何度も議論の機会を持った。米政府側は特定の事柄に関して懸念を表明した。そこでこちらは「懸念の件は考慮する。しかし、どの公電を使うかは言えない」と言った。

政府と「交渉」するか、しないか

―英政府は?連絡をつけたのか?

「お伺いをたてる」、ということはなかった。特定の事柄に関して連絡を取ることはあったが。つまり、アフガン戦闘記録について、英軍が関わったアフガン民間人の犠牲に関する事柄について聞いたことはあった。

―特定の事柄に関して、政府に連絡を取るのは一つのルーティンかどうか?ウィキリークスの場合が特別というよりも?

そうだ。

ただ、どこの国の政府とも、どれを使うかあるいは使わないかという点に関して、どの段階でも一切交渉をしなかった。

ーロンドンシティ大学に拠点を多く調査報道センター(CIJ)のギャビン・マクフェイデン所長は、アフガン戦闘日記の情報公開で「間違いがあった」と言っていたが。この点に気づいていたか?

特にどの情報の事を指しているのか、分からない。1回か2回、掲載した後で、「待てよ、消すはずの名前が出てるぞ」と誰かが言って、すぐに修正したことを覚えているが。

興味深いのは、米国防総省も英国防省も、イラクやアフガンの戦闘記録や米外交公電の報道で、誰かが危険な状態になったことを示す証拠が一つもないと言っていることだ。

―ニューヨーク・タイムズは生の外交公電情報をウィキリークススからは直接受け取らなかったと聞く。一説によると、「ニューヨーク・タイムズは直接情報を受け取りたくなかったので、ガーディアンからもらった」、と。 そういう話を私はガーディアンのサイトでは読んでいないが。

私もだ。初耳だ。

ただ、アサンジと最初に情報の取り扱いに関して合意したとき、後で行き違いがあったことが分かった。私たちは、戦闘日記も外交公電も含めてのすべての情報の使用権があると思っていた。アサンジはこれに同意しない。自分が同意したのは外交公電のみであって、戦闘日記のそれぞれにはまた別の合意約束が必要だ、と主張した。

(2010年の)夏が過ぎて、アサンジはニューヨーク・タイムズと仲が悪くなった。それでデータをニューヨーク・タイムズに渡したくない、と言い出した。デービッド・リーは、これはちょっとしたつまずきのようなもので、今後も、3つの媒体で仕事を進めるべきだ、と言った。

そんな経緯があって、ニューヨーク・タイムズと情報を共有することにした。プロジェクト全体のために私たちは共闘してきた。

―どんどん、他の媒体も参加しているようだが。

ウィキリークスは、地域ごとにパッケージとして情報を共有しようと考えたようだ。例えば、オーストラリアやブラジルにはその地方のパートナーがいる。ただ、ノルウェーの新聞アフテンポステンはウィキリークスが出したのではない情報を使っていると言っている。

ウィキリークス自体にリークが起きたのではないかと思う。内部の誰かがリークして、アフテンポステンに渡したのだろう。アフテンポステンはデンマークのポリティケン紙に渡したのかもしれない。どうやって情報を得たのかは、分からない。ただ、今では複数のコピーがあるということだ。

―英民放チャンネル4とは共同作業をしているのだろうか?メガリークのデータはチャンネル4にも行ったようだが。

確かに情報が渡っていた。しかし、ガーディアンがチャンネル4に情報を出したのではない。アサンジが戦闘記録をチャンネル4に渡してしまった。

チャンネル4が持っていると聞いた時、強い怒りを感じた。チャンネル4とガーディアンは前に一緒に仕事をしたことがあるが、この件に関しては共同作業はしてない。

―ガーディアンや他の媒体が時間をかけて修正をしたデータが他の媒体にすっと渡ってしまうのでは、ずいぶんと悔しい思いをしたのではないか?

まあ、すごく心配になった。

こっちは何時間も、何時間も、何時間もの努力と頭を使って、情報を安全に、責任を持って出そうとした。誰かが情報をそのまま出してしまったら、こちらの全てが水の泡になりそうだった。私たちがやってきたこと全てが無駄になった気がした。

国益と公益のバランスをどう考える?

―編集方針について聞きたい。国益は公益よりも重要だろうか?これは二者択一の問題だろうか?ガーディアンの方針は何か?

いつもバランスをどうするかの話になる。一般的にいうと、今回は英国というよりも米国の国益だったが。

ペンタゴン文書の裁判で非常に興味深い判定が出た。米最高裁の判事が、 文書の公開は公益ではなかったと言ったが、それでも、直接的なかつ回復不可能な損害を与えないと言った。つまり、判事が言っているのは、法律は公開をして間違える側に味方するということだ、明確な損害が起きる場合を除いてはだが。

私たちは、情報を出版して間違うほうが、出すべきものを出さずに間違いを犯すよりもいい、と考えている。何かを知っていたら、それを外に出すところから始まる。ガーディアンが何かを知っていたら、読者も知る、と。

そうは言っても、外交公電報道の原稿を作っているときに、自問自答したことが何度もあった。「さて、この情報は米国務省が主張する損害を無視して余りあるほどの公益があるだろうか?」と。

欧州では、一般的に、出版して間違いを犯すほうを選ぶと思う。

しかし、ニューヨーク・タイムズとガーディアンを比較して(どちらが報道の勇気があったかを)論じるのは公正ではない。ニューヨーク・タイムズの場合は米国の国益が問題にされたわけだから。

ニューヨーク・タイムズは本当に勇敢な新聞だと思う。ウィキリークスは、ニューヨーク・タイムズが批判の矛先を緩めた報道をしたという。しかし、私はタイムズが優れた報道を行ったと思う。量的にはガーディアンほど多くはなかったけれど。私は、それには別の理由があったと思う。米国では少ない本数の記事をでかくやる。こっちはたくさんの記事を出す。

ーもし同様のことが起きたら、英国の新聞は政府に挑戦して報道を行えるか?

同様の判断をするだろうと思いたいが、しかし、英国の司法状況は米国とはずいぶん違う。司法の縛りがはるかにきつい。公務守秘法があるし、名誉毀損法もある。事前差止め令がある。米国と比べ、こっちでは差止め令がよく出る。

米国では、政府が報道の差し止めをしようとしたら、大きな話になる。こちらでは日常茶飯事だ。もし英国の外交公電が出たら?出版を止めるよう、政府は差止め令を出そうとしただろうね。

―ガーディアンは差し止め令が出されても、出版しようとしただろうか?

そう思う。

ニューヨーク・タイムズやシュピーゲルと協力しようと思った理由の1つは、世界中で掲載されているのだから、差し止めはできないと思ったことだ。

―これが共同作業の利点だった?

そうだ。

―ウィキリークスはジャーナリズムか?

ジャーナリズムだと思う。かつて、私たちが理解するところのジャーナリズムとは編集過程の全てを指していた。情報を得て、これを検証し、コンテクスト化し、分析し、読者に届ける、と。

ウィキリークスは、この過程のすべてには関わらない。最初のところだけをやる。あるいは最後のところだけ。真ん中をやらないのだ。しかし、時には、私たちも真ん中だけ、あるいは最後だけやる。だからといって、ジャーナリズムではないとはいえない。すべての過程をやる必要は、もはやない。

メディアの将来は、どうなる?

―ウィキリークスはジャーナリズムを変えただろうか?

答えを言うには早すぎる。情報を持つ人は、ガーディアンよりもどんどんとウィキリークスのようなところへ行くようになるかもしれない。大きなブランドだし、匿名を守る。リーク者はウィキリークスに行くのか、それとも、ジャーナリストのところへ行って、なんらかの関係を持ち、情報の処理の仕方や公開に色をつけることを助けるのかどうかーまだ答えはわからない。

メディア環境が変わっている。私たち伝統的メディアは、分断化している状況に慣れる必要があると思っている。

例えばブログがある。政治に興味を持っている人であれば、ガーディアンは政治ブログと競争している。私たちが書く記事と同じぐらい良くて、権威があるブログがある。これまでは新聞が得意だとされていきた解説や分析だって、ネット上のどこかにあるだろう。

メディアの生態圏が多様になっている。ガーディアンはブログと並列状態に存在していることに慣れつつある。機密情報を出すことができる人にも慣れないといけなくなった。ほかのニュース媒体の担い手にどうやって対抗していくのか。

このメディアの生態圏は私たちのようなメディアがないと機能しないと思うけれど、私たちの役割は、いつも最初から最後までではない。他のメディアが取り扱わない、一部を担当するだけかもしれない。例えば事件を分析するブログがあれば、私たちの役割はニュースを出すこと。その後で、このブログがそのニュースに関して分析を出して、議論が始まる。ウィキリークスの場合はその反対で、ウイキリークスが情報を出し、私たちが文脈を配信する、と。

―ガーディアンは柔軟でないとやっていけなくなった。

私たちみんながそうなる必要がある。

―他のリークサイトとも協力するか?

私たちは様々なアイデアに対し、完全にオープンだ。情報を出す人が望むような秘蔵性と匿名性を提供できるところであれば、誰とでも組みたい。(終)

(初出:「Journalism」2011年4月号)

(ウィキリークスと複数のメディアとのメガリーク報道の一部始終については、こちらをご覧ください。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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