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【戦争を知る】帰還米兵が語る戦争の現実―3冊の本から

小林恭子ジャーナリスト
「反戦イラク帰還兵の会」のウェブサイトより

米俳優トム・クルーズが主演した「7月4日に生まれて」(1989年)という映画をご存知だろうか。

元米海兵隊員で後に反戦活動家となるロン・コービックの自伝的小説の映画化作品だ。

米国の独立記念日(7月4日)に生まれたコービック(クルーズが演じる)は、ベトナム戦争で別の海兵隊員を誤射してしまい、自分自身も半身不随になる。帰国後、コービックは英雄としては扱われず、戦争の記憶が抜けないまま、精神を病んでゆくー。

映画はなぜ海軍兵として優等生だったコービックが反戦運動に参加するようになるかをじっくりと描いていた。戦闘を経験した後で、故郷の普通の生活に戻れない苦しみ。家族にも友人にも自分の気持ちを伝えられない悔しさ。若くりりしいコービックが、次第にベトナム戦争に疑問を感じ、長髪姿で反戦の旗手となってゆく様子が印象的だった。

今、私たちのほとんどが戦争の経験を持たないが、先進国の平和な日常から抜けて、戦闘の現場に遭遇した後、戻ってきた人の心情を想像することは必ずしも不可能ではない。

左から「帰還兵は何故自殺するのか」、「彼らは戦場に行った」、「冬の兵士」
左から「帰還兵は何故自殺するのか」、「彼らは戦場に行った」、「冬の兵士」

その助けになると思われる1冊が、米ワシントン・ポスト紙で23年間、記者として働いていたデービッド・フィンケル氏が書いた「Thank You For Your Service」(2013年)の邦訳版「帰還兵はなぜ自殺するのか」(亜紀書房)だ。イラク戦争で従軍した帰還兵の話をノンフィクションとしたまとめた本である。

5人の兵士とその家族の物語だが、「彼らは爆弾の破裂による後遺症と、敵兵を殺したことによる精神的打撃によって自尊心を失い、悪夢を見、怒りを抑えきれず、眠れず、薬物やアルコールに依存し、鬱病を発症し、自傷行為に走り、ついには自殺を考えるようになる。そうなったのは自分のせいだと思っている」(訳者=古屋美登理氏=あとがきより)。

フィンケル氏は、イラクで従軍する兵士をじっくりと取材するために、新聞社を辞めたという。

ほかにも、私が手に取った中で考えさせてくれる本が2冊ある。

「彼らは戦場に行った ールポ:新・戦争と平和」

一つは共同通信の編集委員石山永一郎氏が書いた「彼らは戦場に行った ールポ:新・戦争と平和」(共同通信社)である。

私はたまたま、石山氏の欧州取材に若干のお手伝いをした縁があって、この本をいただいた。石山氏は実際に戦争に従軍した兵士たちや関係者の取材のために各国を訪れた。

最初の例はイラク戦争に参加した20代後半の米国人男性の話だ。日常生活になじめず、戦場とのギャップに苦しむ。

2001年10月から08年4月までにアフガンまたはイラクで従軍した米兵の「総勢約90万人のうち、約30万人が帰国後に米国内の退役軍人病院で何らかの治療を受けている」(「彼らは戦場に行った ールポ:新・戦争と平和」より。以下同」)。その4割が「機能性または心因性による脳神経系の問題を抱え、治療を受けている」。

石山氏は米国本土から、雇われ兵に取材をするためにフィジーへ、そして劣化ウラン弾が使われたとされるベルギー、イタリア、さらにアフガニスタン、イラクに向かう。それぞれの事情が具体的なエピソードを通してしみじみと伝わってくる。

あとがきによれば、自分は「いわゆる戦場ジャーナリストではない」という。「記者は戦場取材を少なくとも仕事の『目標』にしてはいけないと思う」。

同氏の言葉は、英国人で戦場写真家として名高いドン・マッカリン氏が、ロンドンのイベントで発した言葉をほうふつとさせる。マッカリン氏も「私を戦場写真家と呼ばないでくれ」という。

石山氏は「そもそも戦争が始まってしまったとき、ジャーナリズムはいったん敗北している」と言う言葉をかみしめ、「一見、平和だが、それが脅かされない日常の中にこそ、本来、記者がなすべき仕事はより多くある」と書く。

「冬の兵士 -イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実」

もう1冊が、以前にもブログで一度紹介したが、帰還兵士自身の言葉を記録した「冬の兵士 -イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実」(反戦イラク帰還兵の会、アーロン・グランツ著、岩波書店。翻訳はTUP=平和をめざす翻訳者たち)だ。

米国には、「反戦イラク帰還兵の会」(Iraq Veterans Against the War (IVAW))がある。2004年7月に発足し、「イラクからの即時無条件撤退」」「イラク国民への賠償」「退役・現役軍人への医療保障そのほかの給付」を求めている。

2008年3月に「冬の兵士」と題した公聴会を開催し、ここで出た兵士たちの証言を元に構成された本だ。

戦争には「交戦規則」というものがあるという。「戦闘に動員された兵士の行為として法的に許されるものと許されないもの」を規定したものだ(「冬の兵士」より。以下、同)。兵士らを「拷問や虐待の危険から守り、罪のない民間人が不必要に殺害されないよう保障する」ためだ。

ところが、イラク戦争ではこの規則が事実上なくなり、例えば民間人を含めた「すべてのものを敵と見なせ」と米兵士は命令されてゆく。うっかり市民を撃ち殺してしまったときは、武器やシャベルを持参し、武器を死体の上において「抵抗分子のように見せかける」ことが行われたという。

反抗分子がいるという情報を得て、民家を捜索し、女性や子供たちを「死ぬほど怖がらせた」兵士は、住所が間違っていたことに気づいたとき、「こういうこともあるさ」という風にやり過ごしたという。

戦勝記念のために、イラク人の死体とともにポーズをとって写真を撮影してもらった別の兵士は、その場にいたほかの米兵士も次々とそうしたことを証言する。

シャベルと重い武器を持っていた人は「誰でも殺していい」と言われていたというある兵士は、「イラクの人に謝りたい」と言って、顔を下に向けた。

死んだイラク人の写真を撮るように命じられた兵士は、目撃した光景を忘れることができなくなってしまう。アルコール依存症となり、自殺を図った。警官に見つかり、強制入院させられた後、最終的には除隊措置となったー。

一つ一つの生の証言が心に迫る。

国家が一丸となって戦争に突入し、自国を守る・・・という形は、日本を含む多くの先進国にとって、あまり現実的な話ではなくなった。しかし、どこかの国の紛争に介入して攻撃する、占領する、戦闘で物事を解決しようとする展開は珍しくなく、これからもあるだろう。

国際政治の状況や現実的な選択肢・可能性をしっかりと見据えながら、実態を少しでも知ることは、戦争を放棄した憲法を持つ日本人の私たちにとっても重要に違いない。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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