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FIFA汚職疑惑 -英メディアの執拗な調査報道が追い詰める

小林恭子ジャーナリスト
FIFA総会でのブラッター会長(今年5月)(写真:ロイター/アフロ)

月刊「メディア展望」7月号の筆者原稿に補足しました。)

スイスと米国の司法当局が、国際サッカー連盟(FIFA)での汚職疑惑の本格的な捜査を続けている。ここ数年、英国で汚職疑惑についての報道を見てきた筆者には、「とうとうここまで来たか」という思いがある。

5月末のスイス当局によるFIFA関係者の逮捕以降、英国を含む欧州メディアはブラッター会長の辞任を以前にも増して声高に求めた。欧州サッカー連盟(UEFA)のプラティニ会長はブラッター氏に直接辞任を求め、一時、FIFAからの脱退やワールドカップをボイコットして別の大会を開催すると表明するほどだった。

1998年に会長に就任したブラッター氏はワールドカップ開催地を非西欧諸国に広げることに尽力した人物で、アフリカやアジア諸国からの支持が厚い。FIFA批判や会長への支持を巡り、西欧対非西欧という対立の様相が見えてきた。

5月29日、ブラッター氏は会長選挙で5期連続当選したが、BBCの報道は「何故あんな人物を選ぶのか信じられない」というトーンだった(6月上旬、本人が年内で辞任を表明)。一方、ロシアのプーチン大統領は5月28日、FIFA幹部が米当局に起訴された問題について、米国は管轄外の問題に干渉していると非難している。

長年にわたり、追い続けたジャーナリスト

FIFAの汚職疑惑を英語圏で先駆けて報道したのはフリーランス・ジャーナリスト、アンドリュー・ジェニングズ氏であった。2006年、FIFAの賄賂疑惑について本を書き、BBCの調査報道番組「パノラマ」の中で、汚職の実態を指摘した。翌年には続編が放送された。

2010年、英新聞各紙や「パノラマ」による汚職疑惑報道に熱が入った。この年の12月、FIFAは2018年と22年の大会開催国を選定・発表することになっていた。

FIFA実行委員会による開催地決定の矢先となった11月29日、「パノラマ」は「FIFAの汚い秘密」と題する番組を放送した。1989年から99年の間に、175回に渡り、FIFAの理事3人がスポーツマーケティング会社から1億ドルの賄賂を受け取っていた、と報じた。

12月2日、FIFAの実行委員会のメンバー全員(通常は24人だが、サンデー・タイムズ紙の疑惑報道によって2人が職務停止状態だっため、この時は22人)が1人一票の形で選定のための票を投じた。

第1回目の投票では、イングランドでの開催への支持票は2票のみ。近代サッカーの発祥地英国にしてみれば、信じられない結果であった。

最終的に、2018年の開催地はロシアに、22年はカタールに決定した。両国ともワールドカップの開催経験がなく、投票前のFIFAによる候補国の査定報告書では「リスクが高い国」という評価が付けられていた。

当時、英国は政府、王室、著名人を動員して自国への大会招致に向けて大きな運動を行っており、ロシアとカタールでの開催決定には、何か不正なことが裏にあったという疑惑が国民感情として湧いても不思議ではない状態となった。

2010年以降、英メディアは何故熱のこもった報道を続けられたのだろう?

ジェニングズ氏も含めたジャーナリストたちによる数年にわたる地道な取材活動があったが、その根っこには国を挙げての招致が大失敗に終わった後、「ロシアやカタールが選ばれるのはおかしい」、「不正なことが行われたに違いない」という思い込みや「何かあるぞ」という勘があった。こうした感情を継続報道の火種にしてきた、と言えるだろう。

英メディア、政界、スポーツ界には、願わくばロシアとカタールでの開催が中止・変更されてほしいという思いがある。しかし、すでに開催への準備は動き出している。たとえ不正が証明されたとしても、開催を大国としての存在感を示す機会ととらえるロシアが身を引きそうにもない。

英国で盛んに行われたFIFAの疑惑報道だが、米司法当局が動いたことで大掛かりな捜査が始まったという構図は、筆者からすると、第2次世界大戦後の主要国の力関係を見るようでもある。

新会長選びは来年2月

FIFAは7月末、臨時理事会を開催した。組織の改革を検討する特別チームを立ち上げ、来年2月に新しい会長選出の選挙を行うことを決めた。加盟する209の国と地域の代表者による投票で選ばれる。

候補者として名前が挙がっている人物には、UEFAのプラティ二会長、韓国サッカー協会名誉会長のチョン・モンジュン氏、ブラジルサッカー連盟が推すジーコ氏(元ブラジル代表MF,元日本代表監督)などがいる。

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7月号には、この件の「本記」として、ニューヨーク在住のジャーナリスト、津山恵子さんの記事が掲載されている。これまでの経緯を振り返り、何故米国当局が動いたのかについても説明がある。ご関心のある方は、ウェブサイトからダウンロード(無料)していただきたい。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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