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欧州で急増する移民、難民の流入 ―人道的支援にどこまで力を注げるか

小林恭子ジャーナリスト
欧州で難民流入が大きな問題に(写真:ロイター/アフロ)

月刊「メディア展望」8月号の筆者原稿に補足しました。)

中東や北アフリカ諸国から地中海を通って欧州に向かう難民、移民の数が急増している。

欧州市民がこうした事態に気づき出したのは、「ボートピープル」を乗せた船が転覆し、難民・移民たちが海上に放り出されたり、命を落としたりする事件がテレビで大きく報道されたことがきっかけだ。

定員数をはるかに超えた人員を乗せた粗末な漁船やゴム製の小型ヨットは転覆しやすい。欧州に到着するまでの十分な燃料を装備していない場合もある。危険に満ちた旅となる。今年4月、こうした船の一隻が転覆し、800人が死亡した。危険を冒して欧州にやってくる人々の姿が眼前に迫ってきた。

急増する難民・移民の数を抑制する、あるいは旅の危険性を取り除くための抜本的な解決策がとられないままに時間が過ぎる中、8月27日にはオーストリア東部の路上に放置された保冷車の中に、シリアからの難民・移民と見られる人の遺体(計71体)が発見され、欧州中に衝撃が走った。同じく27日には不法移民を乗せた船がリビア沖で沈没。約200人が死亡あるいは行方不明となっている。

欧州大陸とは海を隔てた位置にある英国でさえも、連日のように国境を渡ろうとする難民・移民たちの姿がトップニュースとなっている。中間業者に巨額を払い、子供を連れてやってくる母親、若者たち。命からがらでやってきて、何があろうと「自国には戻りたくない」。英国のジャーナリストが取材するせいか、「英国に行きたい」と言う人が非常に多い。

国際語の英語が使える、好景気、いったんたどり着けばひとまず、命が脅かされることはないし、一定の支援も得られる、それになんと言っても、平和である(紛争国ではない)。英国在住者として、紛争国から逃げてきて、英国に身を寄せたいという人の気持ちは十分に分かる。

危険を冒してやってくる難民・移民たちは人道的見地から放っておけない状態にあるが、欧州各国政府はそれぞれのお国事情から、そのまま受け入れるわけにもいかないのが現実だ。反移民感情が欧州内のどの国にも一定数、存在しており、行政面からも受け入れにはおのずと限界がある。

急激な難民流入に悩むイタリアやギリシャの欧州南部は、北部や東部が十分に支援を提供していないと不満感を持つ。EU内に響く不協和音は、ギリシャ債務問題ばかりではない。

上半期の流入数は前年同期比83%増

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が7月1日付けで発表した報告書「欧州への海路 ー難民の時代の地中海通路」によると、今年上半期、地中海をわたってギリシャ、イタリア、マルタ、スペインに入った難民、移民の数は約13万7000人に上った。昨年同期の7万5000人から83%の増加だ。

国別に見ると、トップはギリシャ(6万8000人)、これにイタリア(6万7500人)、スペイン(1230人)、マルタ(94人)が続く。 ギリシャへの難民・移民流入の増加ぶりが凄まじい。2013年の流入者総数は1万1400人だったが、今年上半期では7万人近くに上っている。

ちなみに、昨年1年間では海路による難民、移民流入者は21万9000人だった。

ところが、8月末のUNHCRの発表では、さらに数字が伸びていた。ギリシャには今年に入って約20万人、イタリアには約11万人の難民・移民が上陸したという。密航船の事故などによる死亡・行方不明者は2500人以上だ。

UNHCRの先の報告書によると、海路を通じて欧州に向かう人のほとんどが難民・難民申請者であった。戦争、内戦、迫害、難民収容所の生活環境の悪化が原因である。EUはこうした人々に保護を与える責任と義務があるとUNHCRは考えている。

イタリアに向かうルートのほかに、トルコからギリシャに向かう、「東方ルート」による流入が急増している。

ギリシャ行きの85%は戦争・内戦から逃れる形で、シリア、アフガニスタン、イラク、ソマリア出身者。ギリシャからバルカン諸国、西欧、欧州北部に向かう。イタリア行きはエリトリア、ソマリアなどの出身者が多い。(英ニュース週刊誌「エコノミスト」によると、イタリアにはリビア出身者も多く向かう。イタリア当局の推定では、50万から100万人の男性がリビアでイタリア行きを画策している。)

旧ユーゴスラビアのマケドニアとセルビアは合同で約3000人の難民の受け入れ体制を持つが、6月第1週のみでも1万9000人の流入があり、処理能力を超えている。

欧州は難民・移民の急激な流入でアップアップ状態だ。特に矢面に立つのが海沿いのギリシャ、イタリア、そして一旦欧州に入った難民たちが北上する際の玄関口となるハンガリーだ。

ハンガリーは欧州内で国境審査なしに移動できるシェンゲン協定に入っていることもあって、トルコ、ギリシャ、マケドニアなどを経由して北上する難民・移民たちの通り口になってしまう。

ハンガリーの難民申請者は2012年には2150人だったが、昨年は4万3000人、今年は5万3000人にも達している。

反移民感情が高まるハンガリーでは、セルビアとの国境沿いなど約170キロに3重の有刺鉄線を張る作業が完了しており、今後は高いフェンスの設置を進める予定だ。

域内でのヒト、モノ、サービスの自由を原則とするEU加盟国としては排他的な動きにも見えるが、背に腹は変えられないお国事情だ。

流入の波に悩む各国は加盟国になんらかの支援の拡大を求めている。

イタリアとギリシャは自国の負担軽減のため、今後2年間で両国に到着した4万人の受け入れを他国に割り当てる制度の導入を提案した。当初は「GDPの大きさに合わせて割り当てる」という声もあったが、主要国がこれに賛同せず、交渉は難航した。6月末、「義務的な受け入れ数を決めない」という条件で妥協が成立し、合意が成立した。

EU内の昨年の難民申請件数は62万6065件に上る(欧州委員会)。1992年以来、最高だ。受付数はドイツ、スウェーデン、イタリア、フランス、ハンガリー、英国、ギリシャの順に多い。申請者の出身地はシリアがもっとも多く、前年の2倍だった。難民として認可されたのは16万3000人で、ドイツがもっとも認可数が多い(4万1000)、これにスウェーデン(3万1000)、イタリア(2万1000)が続いた。

スイスの報道(30日)によれば、政府は多くの移民や難民がバルカン半島を通過していることから、同半島の国(セルビア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ)に10万スイスフラン(約1300万円)の資金援助を行う予定であるという。

先月、マケドニアは非常事態宣言を発して国境を封鎖し、EUを目指す難民たち数千人が足止め状態となった。

ドイツのメルケル首相は?

難民排斥の動きも一部であるドイツでは、メルケル首相が、31日、難民・移民問題について「欧州全体で責任分担をするよう」呼びかけた。公平な受け入れができない場合は、域内の自由な移動を認める「シェンゲン協定」の見直しを検討するようになる、と述べた。

シェンゲン協定に参加する国では通常、国境での審査がなく、いったん域内に入れば、自由に移動が可能になる。中東やアフリカらの難民・移民の多くは最終的にはドイツや英国を目指す。

ドイツに入ってくる難民は今年、約80万人に上る見込みだ。これは14年の約4倍。今年7月だけで約8万人を数えた。放火など難民施設への襲撃は、今年上半期だけで約200件に上っている。

トラックから多くの遺体が見つかったオーストリアでは、31日、移民たちのための礼拝が教会で行われた。同日、2万人が参加した移民の待遇改善を求めるデモもあった。

英国とフランス、どちらに責任が?

大陸とは英仏海峡を間に距離を置く英国では、フランス北部からやってくる難民・移民の受け入れ問題をめぐって、フランスと何年にもわたりもめている。

政権を担当する英保守党は、「移民流入数を減少させる」を公約としてきた。EU内での人の行き来を阻止することができないため、非EU市民のビザ取得条件の厳格化、永住権取得の有料化など、居住を難しくするような施策を前政権時代(2010−15年)から導入してきた。

しかし、国際語としての英語の存在や近年の好景気という誘因があったために、旧東欧諸国で今は加盟国となった国から、そして失業率が高い欧州南部の加盟国から若者が多数やってきた。最終的に移民の純流入数が増加した。

現政権は、新たな難民、移民たちの受け入れを出来うる限り阻止したいと考えている。ところが、難民、移民たちはボートに乗って欧州大陸にわたり、フランス北部から英国に向かうフェリーの中、例えばトラック内部や車両部分に隠れながら、英国への上陸を目指す。

フランス北部カレー近辺には移民救援センターや難民・移民たちのキャンプがある。カレー周辺に集まった約3000人が渡英の機会を待っているという。フランス側は英国の国境警備の不十分さを指摘する。英内務省は海峡を越える試みを今年すでに1万9000回も粉砕した、と発表している。前年の2倍に相当する。

難民、移民は数字ではなく、一人一人の人間だ。だからこそ、それぞれの国の処理・受け入れ体制の不備や遅れが、船の転覆による怪我や死、食糧不足、病気、心的負担など人間としての悲劇や不都合を生み出す。

長期的には難民・移民流入の増加を止めるには、元々の地域紛争の解決が挙げられるだろう。

しかし、今回見たような急激な増加には、欧州全体としての対応が必須だ。いかに自国の事情を棚上げにして、人道的な施策を取れるかー。英国を含む主要国の責任が問われている。中東やアフリカ諸国の歴史や政情の行方に深く関わってきたことへの責任もありそうだ。

EU諸国は14日、移民問題を話し合うための緊急会合を開催予定だ。待ったなしの決断が求められている。

第2次大戦以降、ドイツとフランスは戦争をしていない。欧州連合という形で平和を達成した域内に、外からどんどん人が入ってこようとする。どこまでどんな手を差し伸べられるだろう?

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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