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BBCの将来に暗雲か? ―政府の白書でライセンス料は維持だが独立性に懸念

小林恭子ジャーナリスト
BBCのホームページ

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」(6月号)に掲載された筆者の記事に補足しました。)

少し前の話になるが、5月12日、英政府が公共放送BBC(英国放送協会)の将来図を描く白書を発表した。

政府案では、BBCは死守したいと思っていたテレビ・ライセンス料制度(ライセンス料はNHKの受信料に当たる)は維持できそうだが、新たに作られる「理事会」に政府が任命する理事が数人送り込まれるとしており、独立性が脅かされる可能性がある。

何故白書が出たのかと言うと、BBCはほぼ10年ごとに更新される「特許状」(あるいは「王立憲章」=ロイヤル・チャーター)によってその存立と業務が規定されている。現在の特許状が今年末で失効するため、更新に向けて政府とBBCは話し合いを続けてきたのである。

時の政府と国内最大手の報道機関BBCとの交渉は政治的な駆け引きだ。所轄となる文化・メディア・スポーツ省のジョン・ウィッティングデール大臣は反BBCの姿勢を持つと言われ、オズボーン財務相もBBCの「帝国主義的な」拡大志向にくぎを刺してきた。

昨年7月、文化省は更新のための提案書を出し、国民から意見を募った。この時ウィッティングデール大臣はBBCの組織や活動を「徹底的に見直す」と宣言していた。

19万通を超える意見書、72の組織からの聞き取り調査、政府とは独立した調査報告書2つの結果などを経て、今回の白書(130ページを超える)が出た。

白書の要点とその意味するところを記してみたい。

ライセンス料は維持、トラストは廃止へ

全体を見ると、文化相による「徹底的な見直し」を想定した人は少々肩透かしをくらった。白書は組織全体を大幅に変えるものではなかった。

BBCにとって最大の利点は絶対に妥協できないとしていたと「テレビ・ライセンス料制度」(視聴家庭から徴収する制度。現在年間145・50ポンド=約2万円)が維持されたことだ。

特許状の更新を10年ごとではなく、3-4年後に見直すという意見が以前には出ていたが、これでは安定した経営が難しい。白書は2017年からの特許状の期間を長期の11年間とした。英国の国会は5年が会期の区切りとなっており、これで政情に左右されない経営が可能になる。BBC側が望んでいた動きである。

しかし、視聴者の代表としてBBCの活動を検証する役割を持つ「BBCトラスト」(NHKの経営委員会にあたる)は廃止されることになった。

新たに「統一理事会」が設置され、理事の大部分はBBCが選べるが、全員ではない。政府が任命する人物が数人入る見込みだ。

また、トラストの廃止により、BBCの規制・監督には外部の組織が関与することになった。経営により透明性が出る一方で、BBCの編集権の独立が脅かされるのではという懸念が出ている。

白書の冒頭にある推奨事項を見てゆこう。

(1)BBCが作る番組は「独自性があり、質が高く、不偏不党であるべきだ」。

ライバルの商業放送でもできる番組ではなく、公共放送だからこその番組作りを望むという。文化相が白書の中で頻繁に使った言葉がこの「独自性」だった。「民業を圧迫するな」というメッセージとしても読める。

(2)「独立性を高めるため、トラストの代わりにBBCのすべての活動に責任を持つ統一理事会を置く。少なくとも理事の半分はBBCが任命する」

(3)「オフコムを規制・監督組織とする」

オフコムは情報通信庁のこと。通信業と放送業を規制・監督している。ほかの放送局はオフコムの規制・管理下にあるが、BBCは一部のみをオフコムの監督下に置き、活動の大部分はBBCトラストが視聴者の代表としてチェックする形を取ってきた。

(4)「2017-8年度から、インフレ率とライセンス料を連動させる」

2010年以降凍結され、実質的には収入減となっていたライセンス料がインフレ率と連動する仕組みが復活する。これはBBCにとっては、勝利だ。

(5)「BBCの放送・通信市場への影響をオフコムが広く査定する」

民業圧迫がないかどうかをみることになりそうだ。これまではBBCトラストが担当していた。

(6)「BBCの番組制作を外部により大きく広げる」

従来は番組の少なくとも50%をBBC内の制作チームが作っていたが、その縛りを取る。

(7)「公共放送の多様性を拡大するため、番組コンテンツ制作基金を設置する」

BBC外のメディアがこの基金を使えるようにする。

(8)「統一理事会が管理体制や人員補給の面で無駄がないかを調査し、BBCの効率性を高める」

(9)「ライセンス料の使途について透明性を高める。年間45万ポンド以上の収入を得る人員は名前を公開する」

タレントや経営陣の給与やボーナスが高すぎるとBBCは批判されてきた。白書発表前、文化相側は15万ポンド以上としていた。 

(10)「BBCの経費遣いについて、監査局が調査する」

監査局は行政府から独立した機関で、行政府の予算執行を監査し議会に報告する。BBC経営陣は、お金の使い方について外部組織が介入することに大反対してきた。

(11)「新聞メディアと生産的なパートナーシップを築き、クリエイティブ産業を支援する」

(12)「ロンドン以外の英国の全地域にもっと焦点を置く」

BBCの番組制作がロンドンに集中しすぎているという批判が根強いため、これを是正するための提言だ。

(13)「多様性を深めることを特許状に明記する」

英社会の人種の多様性を反映する組織にすることを指す。

(14)「地方ニュースを支援する」

地方の民主主義を支援するため、地方の報道機関と協力する。

(15)「不偏不党をすべての活動において徹底する」

(16)「特許状を11年間有効とする」

(17)「ライセンス料制度を5年毎の見直しとする」

(18)「ライセンス料制度を近代化するーオンデマンド利用者にも支払いを義務付ける。オンデマンドサービスの有料化への実験を行う」

これもBBCにとっては朗報だ。ライセンス料を払わずにオンデマンドサービスを利用する人がいることで、BBCは多くの収入を失っている。

(19)「より自由な予算管理を行うーブロードバンド設置費用や地方のテレビ局設置費用への負担から解放される」

外部機関による監視が導入される

ライセンス制度の維持、インフレ率に連動した値上げ、更新期間の11年化という勝ち星をBBCは得たものの、トラストの廃止によって番組内容の規制監督、そしてお金の使い方にも外部組織が入るようになる。もし白書通りになった場合、創立から90数年のBBCは、2017年以降、全く新しい時代に入ることになる。

ライスセンス料制度の維持のために、BBCは正式な更新のための話し合いが始まる前に、政府と極秘で取り決めをするという荒技を使った。ライセンス料制度を廃止しない代わりに、これまでは政府が負担してきた75歳以上のライセンス料(年間総額約7億ポンド)の支払いを肩代わりする条件を呑まざるを得なくなった。

メディア環境は激変

しかし、メディア環境が激変する中で、視聴家庭から一斉に徴収するライセンス料制度がいつまで続くのか、BBCにとって先は明るくはない。

視聴したい人が視聴契約料(サブスクリプション)を払う形だと、年間約37億ポンドに上るライセンス料は激減すると言われている。

慰めとしては、BBCのオンデマンド・サービス「アイプレイヤー」を使う視聴者にもライセンス料の支払いを義務化すると白書が述べている点だ。また、現在は利用が無料のアイプレイヤーのサービスの一部を有料化する選択肢も考慮するよう、推奨している。ただし、BBC側はこれに反対している。有料で利用する人、無料で利用する人の2つのグループができることになり、最終的にはライセンス料制度の瓦解につながると見ているからだ。

メディア業界のニュースサイト「プレス・ガゼット」のドミニク・ポンスフォード編集長は次の次の特許状更新時、つまり2027年には税金のような形でラインセンス料を払って、広告が出ないテレビやラジオの番組を視聴するという体制は「奇妙に映る」ようになっているのではないか、という(5月13日付)。この時までにはオンデマンドで番組を視聴する方が普通になっていると見る。

白書によれば、テレビ受像機の所持率は2009年では97%が昨年では94・9%に減少し、アイプレイヤーを利用しての番組再生リクエスト数は09年の7億2200万回から昨年の28億8700万回に激増している。

白書は夏にかけて作成される特許状のドラフトのたたき台となる。ドラフトを元に議会で討議が行われ、来年から新たな特許状の下でのBBCの運営が始まる。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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