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金正恩氏のロシア訪問は危険な外交デビュー!

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
親父(正日氏)を越えたいけれど…/作画:りむ・ちゅぬん

金正恩氏のロシア訪問に関するニュースに注目が集まっている。

28日には、ロシア大統領報道部が「5月9日にモスクワで開催される対ドイツ戦勝70周年記念式典に出席する」ことを確認したと、報道各社が伝えた。

正恩氏のロシア訪問は、既成事実のように報じられているが、報道各社は、「北朝鮮指導者の参加」と伝えており、「金正恩氏が参加する」とは明確に述べられていない。ロシア側が言う「北朝鮮指導者」が、果たして「金正恩氏」当人を指すのかどうかが今後の最大のポイントとなる。

北朝鮮外交では、金永南氏が「外交上の国家元首」として外国を訪問したり要人と会談することも多く、今回も「北朝鮮の首脳部」として金永南氏が訪露する可能性もなくはない。

正恩氏のロシア訪問における「両国の思惑」

ロシア側からすれば、「引きこもり」に近い正恩氏を外交の場に引きずりだすことができれば、東アジア国際政治で一定の評価を得ることができる。ウクライナ問題やルーブル下落で、凋落著しい自国の権威を挽回するチャンスだ。

一方、北朝鮮にとっては、ただでさえ冷え込んでいる中朝関係がさらに悪化するリスクもあるが、ロシアから新たな支援を得られるという点では魅力的な話だろう。

しかし、そうは問屋がおろさないのが北朝鮮外交だ。そもそも北朝鮮の最高指導者は、実は35年以上も国際行事に参加していない。

最高指導者の国際行事参加は、1980年に金日成氏がユーゴスラビア(当時)のチトー氏葬儀に出席して以来、実現していない。正日氏は最高指導者として中露を外遊したが、複数の国家元首が集まる国際行事には一度も参加しなかった。

正恩氏が、各国の国家元首が集まる国際舞台に参加すれば、正日氏も果たせなかった国際行事での外交デビューとなる。ただし、今回の記念行事にはアメリカのオバマ大統領、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領、そして日本の安倍晋三首相も招待されている。

北朝鮮が米韓と激しく対立している今の状況下で、対立する国家が参加する式典に金正恩氏が参加できるのだろうか。金正恩氏が訪露すれば、彼は今現在も噛みついている対立国家と肩を並べなければならない。

外交経験がまったくない金正恩氏が、いきなり各国の国家元首と同席するのは非常にあぶなっかしい。また、各国の国家元首も金正恩氏と柔やかに握手するというわけにはいかないだろう。

ロシアが正式に「金正恩氏」個人を招待したにもかかわらず、特別な理由なしに訪露をキャンセルすれば外交的欠礼になりかねない。タイムリミットの5月まで時間は残されているが、金正恩氏がどのような決断を下すのかに注目だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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