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金正恩氏の髪型「覇気ヘア」と肥満体型の行き着く先は「迷走」か、それとも「暴走」か?

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
朝鮮戦争史跡地を現地指導する金正恩第一書記(2015年6月10日付労働新聞より)

北朝鮮の金正恩第一書記の特徴的なヘア・スタイルは「覇気ヘア」と言われ本稿で取り上げている。その覇気ヘアをめぐって、「異変」があったと韓国メディアが報道した。ただし、その異変とは「白髪」。

たしかに、写真を見る限り右の前髪あたりが白く見えるが、ワックスなどの整髪料が光って白く見えるだけのようだ。しかし、韓国メディアからは、「白髪は体調異変によるもの」であり、その先にあるのはクーデターの可能性(!)と、いささか強引な推測も見られる。白髪からクーデターの可能性を推し量るのは、なんとも馬鹿馬鹿しいが、北朝鮮という国家が極端な独裁国家だけに、「覇気ヘア」やあの極度な肥満体型から指導者である正恩氏の心情の変化を読み取る必要はあるだろう。

筆者は、拙著「金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔」で、いちはやくあのサイドを短く刈り上げた髪型「覇気ヘア」に注目した。建国の父である「偉大な金日成首領様の再来」を国内的にアピールする狙いがあったことは間違いないが、一時期からどうも「吹っ切れた感」が漂うようになってきた。

公式登場直後は、「ツーブロック」のような髪型だったが、最近では頭部左右の刈り上げ具合がどんどんエスカレートして限界点まで達し、青々としたそり跡もほぼツルツルになっている。さらに、時折上部の髪の毛をオールバックにするので、単なる刈り上げというより「モヒカン刈り」のようだ。

「覇気ヘア」は正恩氏独特のセンスで、誰もそれに対して進言できないという説もあるが、筆者は彼が精神的に不安定な状況にあり、自ら克服するために「覇気ヘア」を貫いていると見ている。

政治的にも経済的にも出口が見えない北朝鮮を率いていかなければならない重責とプレッシャーに打ち勝つため、または70代、80代の修羅場をくぐってきた軍部や党の老幹部に対して威厳を示すため、あえて奇抜なヘア・スタイルで乗り切ろうとしているのではないだろうか。平たく言えば「気合いを入れる」、または死語になるが「ツッパってる」というわけだ。

同じ事は肥満にも言える。一般的には、独裁者として贅を尽くしていることが肥満の原因といわれるが、指導者として威厳を出すために登場以前からあえて肥満体型に「改善」したようだ。ただし、最近の太り具合はちょっと異常だが、これも不安定な精神状態が極度の肥満をもたらしていることも考えられる。その一つの根拠が彼の体型の変化の時期だ。

もともと、肥満体型だった正恩氏の体型を検証すると、2013年8月あたりからさらに太り始める。そして、2014年初頭には最大肥満体型になって現在までに続いているが、筆者は、この時期に注目する。2013年8月というのは北朝鮮の芸術関係者に対して「ポルノ疑惑」がもたれ、粛清がはじまったころだ。この粛清の波は、2013年12月の張成沢氏の無慈悲な処刑で嵐となり北朝鮮を吹き荒れる。

金正恩氏が、粛清という刀を振り回し暴走しはじめた時期と、急激な肥満度が高まる時期が一致するのは偶然とは思えない。恐怖政治をはじめるなかで、なんらかの猜疑心やストレス、プレッシャーにさい悩まされたことが極度の肥満をもたらした可能性は充分にある。

北朝鮮で、最近公開された映像を見ると、正恩氏は潜水艦ミサイル発射成功に大満足し、まるで子供のようにはしゃぐ姿が確認される。かと思えば、スッポン養殖場では激怒する姿を見せている。これだけみると、正恩氏は「情緒不安定な指導者」にしか見えない。

そして、この間の北朝鮮の不可解な行動を見ていると一つの仮説が浮かび上がってくる。これまで、北朝鮮が理解不能な軍事行動や政治行動に出るたびに「軍部が暴走している」「軍部と党の対立による内部矛盾」と言われ、正恩氏はあくまでも操られていると見られてきた。しかし、もしかするとその逆の可能性もあるのではないかと。すなわち「金正恩氏が暴走している」可能性だ。

もし、気まぐれで情緒不安定な指導者が核とミサイルのボタンを握っていたとするなら、今後の状況は極めて危ない。国内的には既に暴走している正恩氏だが、国際的な視点からすればまだ「迷走」程度かもしれない。しかし、この間の恐怖政治を見る限り、彼に自制心があるようには見られない。

正恩氏の暴走が北朝鮮国内ではなく、国際社会に向いた時、本当の北朝鮮の脅威がはじまるのかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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