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韓国との「チキンレース」に敗れた金正恩氏が国内「殺りく」に走る可能性

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
2014年4月の軍事委員会拡大会議に参加した金正恩氏(参考写真)

軍事衝突の緊張が高まるなかで行われていた北朝鮮と韓国の南北高官会談が25日未明、双方の合意に達し、軍事衝突の危機は回避された。

北朝鮮は、今回の緊張の発端となった韓国兵士を負傷させた地雷爆発について「遺憾の意」を表明し、韓国は対北宣伝放送の中止に同意。今後の関係改善のための会談開催や、朝鮮戦争時の離散家族の再会事業などを含む共同声明文を発表した。

この結果を、どう見るべきか。

私はハッキリと、北朝鮮の金正恩氏の「敗北」であると言い切っておきたい。

北朝鮮は過去にも、軍事的緊張などをもたらした責任について「遺憾」の意を表明したことがある。

1968年、北朝鮮のゲリラ部隊が青瓦台を襲撃する事件が起きたが、金日成氏は「非常に申し訳ない事件。決して私の意思や党の意思ではなかった」と謝罪した。この事件に関しては、金正日氏も2002年に訪朝した現韓国大統領の朴槿恵氏(当時は、韓国未来連合代表)に「過激派が誤って犯したことであり、申し訳ない気持ちである」と改めて遺憾の意を表明した。

1976年に軍事境界線で起きた「ポプラ事件」についても、金日成氏が「遺憾の意」を表明。1996年の北朝鮮潜水艦侵入事件は、朝鮮中央通信が「深い遺憾」を表示。2002年の「第2次延坪海戦」については、「西海上で偶発的に発生した武力衝突事件について遺憾に思う」としていた。

しかし近年、金剛山ツアー客射殺事件(2008年)、韓国海軍哨戒艦撃沈(2010年)、延坪島砲撃(2010年)などでは、韓国側に責任転嫁し、自らの非をいっさい認めてこなかった。

今回も当初は、韓国側の「ねつ造」であるなどと強弁。そのために韓国側による政治宣伝放送の再開を招き、軍事衝突の危機が深まる展開となったのだ。

そして、南北は前線に兵力を動員。どちらが先に折れるかという「チキンレース」の様子を呈した

その結果として北側が「遺憾」の意を表明したことは、韓国側の圧力に屈したものと言える。

つまり、金正恩氏が最初から話し合いの姿勢を示していれば「チキンレース」が行われることもなく、世界の前で膝を屈し、恥をかくこともなかったわけだ。今回の結果は全面的に、金正恩氏の「判断ミス」によるものである。

ともあれ、軍事衝突の危機が回避されたこと自体は幸いと言えるが、気になるのは今後の金正恩体制である。朝鮮労働党の創建70周年(10月10日)を目前に控えての大失点は、あまりに痛い。

金正恩氏はこの間、父である故金正日総書記の7倍のペースで側近たちを処刑するなど、恐怖政治で体制を引き締めてきた。

処刑の方法も、残虐極まりない。その実態は、様々なルートで外部に漏れ伝わっている。

たとえば大口径の高射銃を乱射し、人体を文字通り「ミンチ」にするやり方は、衛星画像によっても確認されている。

自らの判断ミスにより権威を傷つけた金正恩氏が、失地挽回のためにより極端な行動に走る可能性は低くないのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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