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金正恩氏が寵愛「ガールズグループ」も一寸先は闇

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
モランボン楽団とともにチョンボン楽団の公演を鑑賞する金正恩氏(労働新聞より)

北朝鮮の金正恩第1書記の指示によって、またもや歌って踊れるガールズグループ、その名も青峰(チョンボン)楽団が登場した。

金正恩時代のガールズグループといえば2012年にデビューした「モランボン楽団」が名を知られている。北朝鮮音楽の常識を覆す編曲や演出で、数々の話題を振りまいてきたモランボン楽団は、世界的な注目を集めた。もしかすると金正恩氏もこれに気をよくして北朝鮮ポップス(NK-POP)界に「第二の矢」を放ったのかもしれない。

メンバー構成などの全貌は、まだ明らかになっていないが、映像や写真を見る限りモランボン楽団より「大人のムード」を強調しているように見受けられる。

既にスターとなった「モランボン楽団」と、新しいスター候補「チョンボン楽団」に対して金正恩氏が、並並ならぬ愛情を注いでいるのは、労働新聞の報道写真からも伝わってくる。モランボン楽団に囲まれてチョンボン楽団の公演を見る金正恩氏は実に嬉しそうだ。

北朝鮮の芸術は、徹頭徹尾プロパガンダであり、その時代の政治背景を反映してきた。故金日成主席によって1946年の解放直後に結成された「血の海歌劇団」は、芸術を通じて社会主義革命を目指すという壮大な目的があった。

一方、1970年代に芸術分野を牛耳った故金正日総書記は、金正恩氏の実母である高ヨンヒ氏も所属した万寿台芸術団などを自らの権力固めに利用した。反面、平壌学生少年芸術団(通称:ピョンコマ)やポチョンボ電子楽団などは、プロパガンダに加えて現代音楽を積極的に取り入れるなど、世界の芸術の潮流に追いつこうとする試みも見せている。この三つのグループはいずれも来日公演をしている。

こうした経緯を見る限り、金正恩氏が、既に北朝鮮を代表するポップグループになったモランボン楽団があるにも関わらず、わざわざ新しい楽団を結成したのは、単なるプロパガンダだけではないように思える。

故金正日氏のように「自分だけのオリジナルの楽団を持ちたい」という思いを抱き、さらに楽団を持つことによって父親(金正日氏)越え、そして祖父(金日成氏)越えを果たしたいのかもしれない。そう考えると両楽団が金正恩氏から寵愛を受け、特別な期待を寄せられているだろうことは容易に想像できる。

だからといっていつまでも「芸術家」いわばスターの座にいられるわけではない。最高指導者の沽券にかかわる存在だけに、一歩間違えれば最悪の場合「処刑」が待っている。

今年3月、金正恩氏の夫人である李雪主(リ・ソルジュ)氏が、かつて所属していた銀河水管弦楽団のメンバー4人が公開処刑された。それも裸で立たされた上で、遺体が原形をとどめなくなるまで機関銃で乱射されるという実に残忍な方法で処刑された。

そして、スターを目指したものの、その夢叶わず時には夜の奉仕で国家に尽くさなければならない「喜び組」も存在する。

1945年の建国以来、北朝鮮が芸術を徹底的にプロパガンダとして利用して発展させてきたことは、拙著「北朝鮮ポップスの世界」でも記したが、どんなスターでも犠牲者になりうるーーそれが北朝鮮独裁体制の現実なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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