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崔龍海氏は冷酷無比な「金正恩式粛清政治」の犠牲となるのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(右)と崔龍海氏(左)

今月7日に死去した李乙雪元帥の国家葬儀委員に名前を連ねず、粛清説が囁かれている金正恩第1書記の側近だった崔龍海(チェ・リョンヘ)氏だが、「革命化教育」を受けているという説が有力だ。

革命化教育とは、農場や炭鉱、工場などで一定期間の労働を通じて反省させる思想教育という名目の処罰だ。だとすると場合によっては釈放され復帰の可能性も残されており、首の皮一枚が繋がっている状態といったところだが、果たして復帰できるのだろうか。実は、崔龍海氏は過去にも革命化処分を受けている。

崔龍海氏は1994年にも不正事件で降格された。2004年には、これも不正事件で革命化処分を受けたが復帰。彼を知る複数の情報を照らし合わせると、北朝鮮一のブランド好きで派手な生活を好むタイプとのこと。こうした人間性が度重なる不正事件を引き起こしたようだが、それだけではない。

権力を盾にして美貌の芸能関係の女性を性の玩具にするなどのスキャンダラスな醜聞に濡れたことすらあるのだ。それでも、復活してきたのは北朝鮮の支配階層のパルチザン出身者で故金日成主席の盟友でもあった崔賢(チェ・ヒョン)氏の息子だったからだ。

こうした経歴から、今回も数ヶ月の革命化教育を経て復活するだろうと見られているが、筆者は崔龍海氏が処刑される可能性は充分にあると見ている。

実は、崔龍海は昨年4月頃にも粛清説が飛び交った。元高級幹部の証言として「1ヶ月以上監禁されていた」という具体的な証言があった。筆者も時期や状況など、ほぼ一致する内部情報をまったく別のラインから聞いたことがある。

また、彼に対する過去の革命化処分は、故金日成氏、正日氏時代に受けたものだ。金正日氏は、崔龍海氏を革命化処分したが、兄弟のように仲がよかったという。つまり、パルチザン家系というだけでなく、金正日氏の温情まじりの復帰だったと言える。

しかし、金正恩氏は正日氏ほど崔龍海氏と仲がいいわけではない。少なくともこの数年間の二人の様子を見る限り、崔氏が正恩氏に必死でゴマをすってなんとか取り入ろうとする様子が見て取れる。一方、金正恩氏は先述のように一度粛清直前まで追い込んだ。朝鮮人民軍総政治局長という軍を統括する地位を与えたり、特使や代表団として中国や韓国へ送ったが、目立った成果を収めたわけではない。

ちなみに、今回の粛清とは関係ないと見られるが、今年7月に崔龍海氏の甥と見られる男性が韓国で「オレオレ詐欺」で逮捕されるという事件が起きている。

金正恩氏が、政治的にも、または人間関係的にも崔龍海氏は除去すべきと判断する要素は十二分にあるのだ。さらに、この間の崔龍海の処遇を見ているとちょうど2年前の大粛清事件を思い出す。

張成沢(チャン・ソンテク)の粛清・処刑だ。

2013年12月9日、張成沢(チャン・ソンテク)の解任が明らかにされ、その4日後の13日には処刑されたことが北朝鮮国営メディアによって明らかにされる。唐突な粛清・処刑のように見られるが、その一カ月前からデイリーNKは内部情報筋の証言から「張成沢の影響力が弱まった」という情報をキャッチしていた。

金正恩氏は、過去の経歴や評価に限らず、切る時は切るという冷酷無比な粛清政治を行っている。それは、金正日氏がお膳立てした李英鎬(リ・ヨンホ)元総参謀長(2012年に粛清)や張成沢氏(2013年12月に処刑)、そして今年4月に高射砲で銃殺された玄永哲元人民武力相の例を見れば明らかだ。

現在のところ、北朝鮮国営メディアから崔龍海氏の処遇に対する具体的な報道や告知は一切ない。しかし、2年前の「張成沢粛清事件」のように、数ヶ月後に電撃的に粛清と処刑を明らかにするという可能性はなきにしもあらずだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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