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モランボン楽団が中国公演をドタキャン…裏に何が?

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮のモランボン楽団

中国を訪問した北朝鮮のガールズグループ「モランボン楽団」が、予定されていた公演を行わず、急きょ出国。北朝鮮に帰国したと見られる。

10日に中国・北京に到着したモランボン楽団は、にこやかな表情で各国メディアに対して「歓迎してくださってとてもありがたいと思います。素晴らしい公演にするために頑張ります」と、初の海外公演への意気込みを語っていた。

しかし、公演当日の12日、駐中北朝鮮大使に引き連れられるかたちで空港へ向かい、北朝鮮へ飛び立った。現地の取材陣によると、個々の楽団員らも到着時からは考えられないほど、カタい表情を浮かべていたという。

ともあれ、このタイミングでのドタキャンは、尋常ではない。

そもそも、北朝鮮は今回の公演を大々的に宣伝していた。朝鮮中央通信は10日、「モランボン楽団は世界的なおしゃれ楽団」と自画自賛する記事を配信。

同通信はまた、プロパガンダを担当する金己男(キム・ギナム)朝鮮労働党書記のコメントや日本を含む海外での注目度の高さを報じながら、公演に大きな意義を付与していた。

それもそのはず、モランボン楽団の中国公演は、単なる興業ではなく、中朝関係の修復を見据えた交流になるはずだったからだ。

中朝関係は2013年に親中派だった張成沢氏が無慈悲に粛清されて以降、すっかり冷え込んでいた。しかし今年10月の朝鮮労働党70周年記念式典に、中国共産党序列5位の劉雲山氏が出席。中国側から手を差し伸べる形で、金正恩氏は関係修復のきっかけを掴んだ。

さらに、中国側の配慮は続く。この式典が終わった直後から、中国側はインターネット上で流れる金正恩氏を小馬鹿にする言葉などを検索不可能なNGワードに設定したのだ。

中朝双方の歩み寄りのなかで行われるモランボン楽団の公演は、中朝関係の本格的な改善の契機になるはずだった。

現時点で正確な理由は不明だ。もしかすると、金正恩第1書記が水爆に言及したことも関係しているのだろうか。中国は、北朝鮮の核を認めない姿勢を貫いており、今回の水爆発言に対して強い不快感を示した可能性もある。

また、今回の訪中にはモランボン楽団の団長である玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏も同行している。かつて、金正恩氏の恋人として取り沙汰されたこともある女性だ。もしかすると、中国側が金正恩氏と玄松月氏の過去を報じて、それに北朝鮮が反発したこともありうる。

あるいは、団員らが何らかのスキャンダルに見舞われた可能性もゼロではない。過去に芸術団員が「淫乱動画スキャンダル」に巻き込まれ粛清・処刑された例もある。

今年3月にも、金正恩氏の夫人・李雪主氏がかつて所属していた銀河管弦楽団の芸術関係者が、「韓国人スパイ」と関係をもった容疑で公開処刑されたばかりだ。それも、400~500人の前に引き出し、機関銃で体を粉々にするなど残忍な処刑方法でだ。

いずれにせよ、今回のドタキャンは中朝関係修復ムードに水を差した。金正恩氏は、モランボン楽団の公演成功を足がかりに、初の中国外遊を見据えていたのだろう。そのうえで、来年5月に開かれる朝鮮労働党第7回大会に、中国共産党の要人、とりわけ習近平氏を招請するつもりだったと見られる。

そんなシナリオが、根底から崩される可能性が出てきた。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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