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北朝鮮が「水爆実験」 いったい何が起きているのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
SLBM発射実験を視察した金正恩氏(2015年5月)

北朝鮮が「水素爆弾の実験」と主張する第4次核実験が1月6日に行われた。過去3回の核実験は、長距離弾道ミサイルの発射後に行われ、また中国に対して事前通告があったが、今回の実験は電撃的に行われた。これまでと違ったパターンであり、周辺各国は、北朝鮮の真意を測りかねている。また、大手メディアの解説・見方なども歯切れが悪い。

それもそうだろう。大手メディアのほとんどが、北朝鮮、そして金正恩第1書記のメッセージを予測できず、「2016年の金正恩氏は、核やミサイルより経済や対話を重視する」と見ていたからだ。

金正恩氏の真のメッセージとは?

今年1月1日、金正恩氏は2016年の今年の施政方針に当たる「新年の辞」を発表した。この中身について、ほとんどのメディアが「核に言及しなかった」と、あたかも、「金正恩氏は核開発を重視しない」と言わんばかりのニュアンスで報じた。

たしかに、核開発という言葉はない。しかし、新年の辞をよく読んでみると「核爆弾を爆発させ、人工衛星を打ち上げたことより大きな威力で世界を震撼させ(後略)」と、「核爆弾」という言葉を使っている。

核開発という言葉がなかったからといって、核に言及しなかった、ましてや「核開発を重視しない」という見立ては、あまりにも短絡的すぎる。

同様のことは、南北対話や対外関係にも言える。

ほとんどのメディアが、「南北関係の改善を強調する」と報じたが、金正恩氏は次のように韓国政府を非難している。

「南朝鮮当局者は、外部勢力と結託して同族に反対する謀略騒動に固執しながら、私たちの民族内部の問題、統一問題を外部で持ち歩いて請託する行為を繰り広げています」

北朝鮮独特のレトリックとはいえ、とても関係改善の意思を見せているとは読み取れない。しかも、昨年(2015年)の新年の辞では「首脳会談もできないことはない」と言及していたが、今年は南朝鮮当局=朴槿恵政権に対して、痛烈に批判しており、明らかに今年の表現は後退したと見るべきだ。

付け加えるならば、米国に対しても「追随勢力を押し出して反共和国『人権』謀略騒動に狂奔しました」と、人権に言及しながら、非難の矛先を向けていた。

新年の辞と水爆実験で明らかになったのは、北朝鮮は核開発を放棄する姿勢など見せていないこと。ましてや南北、米朝関係において、対話姿勢どころか、最初から対決姿勢を鮮明にしているということだ。

こうした脈絡のなかで今回の水爆実験を見るべきだ。では、なぜ金正恩氏は、1月6日というタイミングで核実験を強行したのか。

誕生日と36年ぶりの党大会

1点目に考えられるのが、金正恩第1書記の誕生日(1月8日)にあわせた祝砲だ。公式の休日にはなっていないが、北朝鮮で最高指導者の誕生日(金日成氏は4月15日、金正日氏は2月16日)は、国家的な祝い事になっている。金正恩氏の誕生日は、まだ公式の休日になっていないが、多くの北朝鮮国民が誕生日であることを知っており、今後の偶像化を見据えて祝砲を撃ったと見るべきだ。

さらに、北朝鮮は今年の5月に36年ぶりの朝鮮労働党大会を控えている。父である金正日総書記も開けなかった大会を開くうえにおいて、それ相応の成果が必要だ。

しかし、この10年間で、北朝鮮経済は相対的によくなってはいるが、大会を開くほどの成果とはいえない。また、国際関係でも、一時的に良好になった中朝関係を再度悪化させた。北朝鮮が最大のターゲットとする米朝対話、そしてその前段となる南北対話でも、さしたる成果はない。それだけでなく、昨年8月、地雷爆発に端を発した南北対立では、「遺憾の意」を表明。事実上の謝罪で、韓国軍とのチキンレースに敗北し、自身の権威を失墜させた。

大量の幹部を粛清しながら、指導層という狭い範囲では金正恩体制は強固になっているが、国家レベル、そして対外関係などを含めると、いつ不安定になってもおかしくはない状況と言える。そうしたなか、さらなる盤石に向けて、また指導層が強固であることを誇示するためにも、何か大きなことをしなければならない。それも、今までどおりの核実験ではなく、より効果を高めるために、これまで以上の威力をもった核実験を行わなければならなかった。

それが今回の「水爆実験」なのだ。

今回の核実験が水爆実験かどうかについては、今後の詳細な分析を待たなければならないが、はっきりしているのは、北朝鮮に核を放棄する意思はないこと、すなわち今後も核開発は継続されるということだ。

国際社会は、こうした北朝鮮に対処していかなければならないが、北朝鮮の姿勢を転換させることは並大抵ではない。

「水爆実験」を発表した北朝鮮、変革の鍵は国民の意識変化

北朝鮮がはじめての核実験を強行したのが、2006年。その直後、国連は北朝鮮に対する制裁を課したが、それをものともせず、この10年間で今回も含めると3回の核実験を行ったのである。うち、2回は金正恩第1書記が最高指導者になって以降だ。

北朝鮮の核開発をとめるために、最も役割が大きいといわれているのが米国だ。しかし、オバマ大統領は、任期最後となる2016年の一般教書演説で、北朝鮮に一言もふれなかった。戦略的無視とされているが、中東問題などが手一杯で北朝鮮問題に関わっている余裕はなさそうだ。

次に期待されているのが、北朝鮮が政治・経済的に最も依存している中国だ。2013年の核実験や親中派の張成沢(チャン・ソンテク)氏の処刑によって、冷え込んだ中朝関係だが、昨年10月の労働党大会記念式典に中国共産党序列5位の劉雲山氏が出席し、関係修復に向かうと思われた。

しかし、その後は金正恩氏の「水爆発言」やモランボン楽団のドタキャン騒動と核実験。そして、先述の劉雲山氏が、記録映画から削除されるなど、北朝鮮みずからが、中国との関係修復をはねつけている。その裏には、「なぜ我々の味方をしてくれないのか」という苛立ちがあるようだ。

核実験の翌日、北朝鮮の国営メディアは論説を通じて、次のように述べている。

「これまで、米国の核脅威・恐喝を受けるわが国をどの国も救おうとしなかったし、同情もしなかった」

「どの国」というのは、中国を指していると思われる。北朝鮮が核・ミサイルの軍事示威行動に出るたびに、「米国との対話を狙った」と言われるが、今回の核実験は、米中をターゲット、さらに中国へのメッセージに重きを置いていると見るべきだ。

北朝鮮の今後の出方

米中に対して「核放棄はしない」という意思を明確にする北朝鮮に対して、これまでどおりの制裁を課すだけでは、核・ミサイル開発の猶予を与えるだけだ。そればかりか、新たな制裁を理由に、長距離弾道ミサイルを発射する可能性も考えられる。そして、着々と実験を重ねた北朝鮮は、さらなる脅威となって国際社会を挑発するーこの悪循環を絶つために、そして北朝鮮問題を解決するために、あえて提言したい。

日本を含む国際社会は、時間が経てば経つほど、あらゆる北朝鮮問題の解決が遠のくばかりだという現実を直視したうえで、北朝鮮体制の変革こそが、問題解決の唯一の方法であることを認識すべきだ。では、北朝鮮の変革は何によってもたらされるのか。すばり「北朝鮮国民」の意識の変化だ。

恐怖政治の下、北朝鮮の市民達は、体制に忠誠心を持ち、従順と見られているが、必ずしもそうではない。彼らは、頼りにならない国家経済に見切りをつけ、独自の市民経済「草の根資本主義」をつくりあげた。小さな規模のヤミ市場からはじまった市場は増殖し、結果的に国家も追認。今では「総合市場」という名の公認市場に発展した。そこでは、食料から日用品までありとあらゆるモノが販売されており、市民生活に欠かせないものとなっている。

国際社会が、この「草の根資本主義」をありとあらゆる手段で支援すれば、市民経済はさらなる影響力を持ち、北朝鮮国民の目はかならずや外に向く。そうなれば、たとえ劇的な体制変化がなくとも、金正恩体制は好き放題に核開発もミサイル発射もやりづらくなる。なぜなら、この二つは経済的に何のメリットもないからだ。

もちろん、こうした戦略には、膨大なコストと労力はかかる。しかし、効果があるのか、ないのか分からない制裁を続けている限り、近い将来、また同じ失敗を繰り返すだろう。同じ轍を踏まないためにも、北朝鮮体制の変革を本気で検証し、議論すべきだ。

最後に、筆者の情報源が仕入れた核実験に対する北朝鮮国民の反応を紹介したい。

「水爆ひとつで米国を吹っ飛ばせるなら、こんなキツイ訓練やめちまえ」

「そんな無駄遣いするカネがあったら配給でも配れよ」

「どうせ使えないくせして、なんであんなもの(核爆弾)を作るんだ」

これが今の北朝鮮国民のリアルな声だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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