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金正恩氏を「最後の仲間」たちも見放し始めた

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

筆者は3月17日の本欄で、米国の対北朝鮮制裁が「新たな段階」に突入した可能性を指摘した。その前日、オバマ米大統領は北朝鮮への制裁を強化するため新たな大統領令を出し、北朝鮮の2個人・15組織・船舶20隻を制裁対象に加えていた。その中で筆者が注目したのは、個人として制裁指定された2人の人物の素性だった。

イスラエル・米軍と死闘

いずれも秘密警察・国家安全保衛部の要員であり、それぞれの駐在国であるシリアとエジプトで、北朝鮮の武器取引を担う「朝鮮鉱業貿易開発会社(KOMID)」のビジネスに携わっているという。

シリアとエジプトは、北朝鮮の兵器ビジネスの長きにわたる得意先である。また、米国は昨年12月にも、シリアやロシア、ベトナムで活動する北朝鮮の銀行幹部を制裁指定しているが、これらも北朝鮮と軍事的に強いつながりを持つ国々だ。

北朝鮮はかつて、エジプトとシリアに空軍を派遣。中東戦争でイスラエル軍と戦った。また、ベトナム戦争にも空軍を送り、米軍機26機を撃墜した歴史がある。

(参考記事:ベトナム・中東で米軍と「死闘」した北朝鮮の老兵たち

こうした国々はこれまで、国連安保理による対北制裁決議にも従わず、武器取引を継続してきた。つまり、北朝鮮が米国の包囲網をかいくぐるための「抜け穴」だったわけだ。

ところが、米国は今年2月に成立した対北制裁の強化法に、核・ミサイル開発につながる貴金属や黒鉛、アルミニウム、ソフトウエアを北朝鮮に販売したり供給したりする第三国の個人や団体なども制裁対象に含めることのできる、「セカンダリーボイコット」(第三者制裁)条項を盛り込んだ。

世界で行われるドル決済は、ニューヨークのマネーセンターバンクを経由する仕組みになっており、米国の制裁対象となれば、貿易などで大変な困難に直面することになる。

つまり、金正恩氏の「最後の仲間」とも言える国々が、米国により狙い撃ちされている構図が見えるわけだ。

そしていよいよ、その効果が表れ始めた可能性がある。

ベトナム政府は最近、北朝鮮の端川(タンチョン)商業銀行(旧称:蒼光信用銀行)のベトナム副代表を務めているチェ・ソンイル氏に、出国を求めた。北朝鮮との友好関係を考慮し、チェ氏に自主的に出国するように要請したのだ。同氏はこれを了承し、23日にベトナムを出国したが、事実上の追放にあたる措置と言える。

また、最新の情報によれば、エジプト政府もまた、同国駐在のKOMIDの要員らを追放したという。

もちろん、これですべての「抜け穴」がふさがるわけではないが、金正恩氏が受けたショックは小さくないのではないか。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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