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親の仇を手斧で皆殺し…北朝鮮外交エリートの素顔

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
姜錫柱氏の死去を伝える北朝鮮の労働新聞(2016年5月21日付)

北朝鮮の対米外交の「司令塔」と言われてきた姜錫柱(カン・ソクジュ)朝鮮労働党前書記が20日、急性呼吸不全と食道がんのため死去した。

白色テロによって両親は惨殺

姜氏の体調不良については、以前からささやかれていた。昨年7月に会談した欧州議会のウォルフガング・ノバク議員が、「非常にやつれて20キロも体重が減った姿を見て衝撃を受けた」と語っていた。その後もロシアやキューバを訪れていたが、海外でガン治療するためと見られていた。

ここ数年は、対外活動はできない状態だった姜氏だが、1990年代の第1次核危機に際しては対米交渉を直接担当。核開発を凍結する見返りに、軍事転用の可能性がより低い軽水炉の提供を受ける「米朝枠組み合意」に署名した。

当時、朝鮮半島情勢は現在にも増して緊張していた。ホワイトハウスは、本気で対北空爆を検討していたとされる。日本では、核開発の資金源を遮断するため、警察庁が極秘の捜査マニュアルを作成。朝鮮総連に対する強制捜査に着手していた。

(参考記事:警察庁「総連捜査マニュアル」と「対北600億円送金」の真相

そんな中、対米交渉をまとめ上げた姜氏に対しては、理知的なハト派との印象を抱いた人も多かっただろう。

ところが、そんな姜氏には驚くべき横顔があった。次なるは、北朝鮮外交に精通したある脱北者から聞いた話だ。

「姜氏は4人兄弟で、他の2人も出世した(1人は詳細不明)。兄弟は子供の頃、朝鮮戦争中に住んでいた村が米韓側の支配下に入った。この時、地元の右派による白色テロによって両親を惨殺されている。

難を逃れた4兄弟は、復讐の機会をうかがっていた。そして、村が再び北朝鮮側の支配下に入るや、手斧や鎌を持って白色テロの主導者たちの家に侵入し、家族もろとも皆殺しにしたという。まさに、筋金入りの反米ナショナリストであり、北朝鮮からすれば『革命戦士』なのだ」

極悪性スキャンダル

しかし、第1次核危機のときには小学生ほどの年齢に過ぎなかった金正恩氏にとって、姜氏の実績はさほど重要なものではなかったのかもしれない。国家葬儀委員会に、本人が名を連ねなかったことが、そんな印象を抱かせる。

一方、誰が葬儀委員長を務めるかといえば、抗日パルチザン2世の中でも札付き中の札付きと言われている崔龍海氏である。崔氏は、度重なる不正の発覚により、金正恩氏から厳しく叱責されてきた。1994年と2004年には革命化(思想教育)処分も受けている。

それだけでなく、権力を盾にして美貌の芸能関係の女性を性の玩具にするなどの醜聞にもまみれており、そのことは一般国民や外国にも知られている。

(参考記事:美貌の女性の歯を抜いて…崔龍海の極悪性スキャンダル

たたき上げの実力派で、金正日氏を輔弼(ほひつ)し続けた姜氏とは大違いだが、過去の「英雄」より現在のイエスマンを重用するのが、正恩氏のスタイルらしい。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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