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ベールを脱いだ金正恩氏「出生の秘密」生母の墓と大阪・鶴橋

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
1973年に来日した金正恩氏の実母・高ヨンヒ氏。

北朝鮮の金正恩党委員長の実母である高ヨンヒ氏の墓地の写真が公開された。

韓国の国営放送KBSは、イギリスの外交官が2年前に撮影した高ヨンヒ氏の墓地の写真や、その他のルートから入手した複数の写真を公開した。その位置は平壌の大城山の広大な一角を占め、衛星写真でもある程度の確認が可能だ。

KBSが公開した写真や、衛星写真からは確認できないが、実はこの墓地には高ヨンヒ氏にまつわる極めて重要な情報が記されている。

日本軍下の工場で働く

筆者は2011年、「高ヨンヒの父親はプロレスラー」という通説を覆して、1962年に大阪から北朝鮮に帰国した在日朝鮮人の高ヨンヒ氏の正体を明らかにした。歌手の和田アキ子さんと高ヨンヒ氏と幼なじみだったという説もあるが、これも誤りだ。

高ヨンヒ氏の正体を調べるなかで発掘した朝鮮労働党の機関誌「労働新聞」の1972年12月号労働新聞には、彼女と見て間違いない人物名がハングル「コ・ヨンヒ」で記されている。ただし、一般的に表記される「英姫(ヨンヒ)」でない。当時の北朝鮮は、既に漢字を使用しておらず、漢字名は不明だった。

(参考記事:労働新聞に記載されていた金正恩氏の実母「高ヨンヒ」) 

その後、いくつかの北朝鮮内部情報筋から墓地に記されたハングル表記から彼女の漢字名が「英姫」ではないことを確認。さらに、米ニューヨークに亡命した高ヨンヒ氏の実妹である高ヨンスク氏の夫も、「英姫」ではないと証言している。

しかし、北朝鮮当局は彼女の真の名前を記し、立派な墓地を建てたにもかかわらず、それを一般公開していない。

やはり、高ヨンヒ氏が大阪・鶴橋生まれの在日朝鮮人であり、さらに父親の高ギョンテク氏が、第二次世界大戦中に日本陸軍管轄の工場で働いていた――すなわち北朝鮮の尺度からすれば親日派として見られかねないことを金正恩体制は警戒しているのかもしれない。

(参考記事:金正恩と大阪を結ぶ奇しき血脈 すべては帰国運動からはじまった)

2012年には、高ヨンヒ氏の記録映画が製作され、彼女の偶像化がはじまったが、日本生まれという経歴があっという間に広まり、頓挫したともいわれている。

しかし、いくら北朝鮮が高ヨンヒ氏の経歴を隠蔽しようとも、彼女の出生地、帰国年月日、そして父親の済州島の家系図など、数々の新しい情報が日々明らかになっている。そして、こうした情報は中朝国境を通じて、北朝鮮国内にも流入し、多くの北朝鮮国民が高ヨンヒ氏が元在日朝鮮人であることを知っている。

彼女の情報は、曖昧な伝聞情報などではなく、日本や韓国、そして北朝鮮の公式記録にもしっかりと残されており、隠しようがないのだ。

高ヨンヒ氏の誕生日は1952年6月26日、つまり生存していれば今月26日に64歳の誕生日を迎えていたことになる。この機会に、金正恩氏は実母の全てを明らかにして、「自分のルーツは日本の鶴橋にもあり、親しみを感じる」とでも発言したらどうだろうか。膠着した日朝関係の突破口の一つになるかもしれない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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