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米国が金正恩氏に「虐殺者」の烙印を押そうとしている

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

米国が金正恩党委員長を「人権犯罪者」として本格的に追い詰める動きを見せている。

米財務省は6日、北朝鮮国内での人権侵害に責任があるとして、金正恩朝鮮労働党委員長を含む政権幹部ら11人と政府機関など5団体を制裁対象に指定した。内容は、米国内の資産凍結と、米国人との取引禁止だ。

「鬼の形相」の死刑囚

米政府が最高指導者の金正恩氏に直接制裁を科すのは、これが初めてだ。ズビン米財務次官代理(テロ・金融犯罪担当)は声明で、「北朝鮮は金正恩の下で、自国民に裁判なしの処刑や強制労働・拷問など耐え難い残虐行為と苦痛を負わせ続けている」と非難している。

つまり米国は金正恩氏を、「人権犯罪者」として明示したわけだ。これで、両国の反目は決定的になるだろう。これ以外にも、国連の人権理事会は今年3月、日本とEUが共同提出した北朝鮮人権状況決議案を採択。ここでも、正恩氏が「人道に対する罪」を問われうることが示されている。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「人道に対する罪」の実態

正恩氏は国連と米国から、ナチス・ドイツのヒトラーやカンボジアのポル・ポトなど、世界史に残る虐殺者と同様の烙印を押されたも同然となった。北朝鮮国内では、「偉大なる」「敬愛する」という枕詞で称えられる彼からすれば、耐えがたき屈辱だろう。

ここで重要なことは、経済支援などの取引で解決が可能な核・ミサイル問題と違い、人権問題は取引の対象にはなり得ないということだ。

いまだ8~12万人が収容されている「政治犯収容所」。大衆の目の前で無慈悲に行われる「公開処刑」。90年代中頃から300万人の大量餓死を生み出した「苦難の行軍」。経済的に貧困な女性を狙った「人身売買」。権力を笠に着て女性を慰み者にする指導層。権力に抵抗する数百人もの人々を戦車で轢殺した残酷な軍隊。そして日本人拉致問題など、北朝鮮の人権侵害は、筆舌に尽くしがたいものばかりだ。

(参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

こうした人権侵害のほとんどは金日成・正日氏によって重ねられたもの、つまり正恩氏にとっては「負の遺産」である。もし、正恩氏が米国や国際社会の制裁から逃れようとするなら、核・ミサイルの前に、人権問題をまず清算すべきだった。そうすれば、安全保障問題で米国と対話するハードルも幾分か下がっただろう。しかし、彼にはそれができなかった。祖父と父の権威を否定することは自身の権力基盤を否定することになるからだ。

それどころか、最高指導者の座を継いでからわずか3年余りの間に、父親の実に7倍ものペースで側近を処刑した。人権問題を改善するどころか、開き直ったかのように残虐性を増している。米国は、こうした正恩氏の姿勢に「当分の間は対話不可能」と判断した。そして、正恩氏は、人権問題で圧迫に乗り出した米国の姿勢にもはや「絶望」を感じた。だからこそ核・ミサイルで暴走していると筆者は見ている。

繰り返すが、米朝の反目は決定的になりつつある。そして、それが深まるにつれ、正恩氏はまたもや暴走を加速させていくだろう。

(参考記事:金正恩氏が「暴走」をやめられない本当の理由

(参考記事:北朝鮮の虐殺責任者「必ず突き止める」…米国務次官補インタビュー

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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