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金正恩氏の「刑務所送り」をねらうアルゼンチンの弁護士

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

国連人権理事会は8日、新しい北朝鮮人権報告者に、トーマス・オヘア・キンタナ氏を任命した。任期は8月1日からの1年間で、最長6年まで延長できる。キンタナ氏は2014年まで6年間、ミャンマー人権特別報告者を務めた実績があり、今回も長期間の活動が予想される。

飛行機から突き落とし…

前任の特別報告者でインドネシアの検事総長出身のマルズキ・ダルスマン氏は、国連の「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)」の設置と、2014年2月のCOI最終報告書公表を主導。北朝鮮における凄惨な人権侵害の実態を世界に知らせた上で、金正恩氏ら国家指導部に対し「人道に対する罪」を問う法的プロセスの端緒を開いた。金正恩体制にとって、憎んでも憎みきれないほどの仕事を成したと言える。

(参考記事:金正恩氏は「人道に対する罪」で破滅の瀬戸際にある

後継者となったキンタナ氏は今後、どのような方向性を持って活動を行っていくのだろうか。韓国メディアが報じた彼の経歴の中に、ヒントがあるように思える。

アルゼンチンの人権派弁護士であるキンタナ氏は、同国の民間団体「5月広場の母たち」の活動に関わってきたという。

アルゼンチンでは1976年から1983年にかけて、軍事政権が「汚い戦争」と呼ばれる反体制派・民主派の弾圧を繰り広げた。労働組合員や学生、ジャーナリストを逮捕もしくは拉致し、拷問の末に飛行機から突き落とすなどして殺害したのだ。死者・行方不明者の数は3万人に上るとも言われる。

拷問と処刑

「5月広場の母たち」は、このときに行方を絶った家族を探す人々の団体で、弾圧の真相究明も求めて活動してきた。そして、弾圧を主導したホルヘ・ラファエル・ビデラ元大統領は2010年に「人道に対する罪」を犯したとして終身刑の判決を受け、2013年5月17日に獄死した。

キンタナ氏はこうした歴史の中に身を置いてきただけに、北朝鮮国民がささいな「罪」によって裁判なしで送り込まれ、凄惨な拷問や公開処刑により殺されている政治犯収容所の、いっそうの実態解明に乗り出すのではないだろうか。

(参考記事:「ポルノ見て乱交」で収容所送りも…恐ろしい北朝鮮の風紀取締り

また、金正恩氏が登場する以前に行われた、国民弾圧や虐殺の証拠集めも期待される。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「人道に対する罪」の実態

そうすることで、金正恩体制の「人権犯罪者」たちを刑務所送りにする日を引き寄せてもらいたい。いずれにせよ、国民への人権侵害を続ける北朝鮮の指導部への追及は、強まることはあっても弱まることはないのである。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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