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安倍首相は「拉致問題膠着」を打開できるのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
第70回国連総会における安倍総理大臣一般討論演説(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮による日本人拉致問題の解決が厳しい局面を迎えている。安倍政権は、これまで「拉致問題は最重要課題だ」と主張してきた。日朝首脳会談から14年目にあたる17日に開かれた「国民大集会」でも「拉致問題の解決なくして日朝関係の改善はありません。そして、全ての拉致被害者の帰国や真相究明等がなされない限り、拉致問題が解決したとは決して言えない」と強調した。

安倍政権に妙案なし

安倍首相は従来通りの主張を繰り返すのみで、解決に向けた打開策が語られたわけではない。なによりも北朝鮮が核・ミサイルに突っ走り、日朝交渉がますます厳しくなることを踏まえた議論が行われているのかどうかも甚だ疑わしい。

そもそも、今から10年前の2006年、はじめて日本が北朝鮮に対して制裁を発動した時、拉致問題解決のスキームは、おおよそ次のようなものだった。

1.制裁で北朝鮮の外貨を遮断し、金正日(金正恩)政権の統治能力を弱める。2.孤立を深めた北朝鮮が、日本に頼らざるを得なくなる。3.圧倒的に優位な状況下で、日朝間の交渉をして拉致問題の解決に結びつける。

当時は、日朝間の貿易や往来も少なからず存在していたことから、一定の効果があると予想された。しかし、北朝鮮が全面的に白旗を揚げて、日本に歩み寄るということはなかった。2014年にストックホルム合意がなされた時は、8年経ってようやく制裁から拉致解決を導き出すスキームの効果が表れたという評価もあった。しかし、再調査の中身やストックホルム合意自体の解釈をめぐって、両国の溝は深まり、2年以上経っても進展を見せていない。

さらに、北朝鮮は今年1月と2月、核実験と長距離弾道ミサイルの発射を強行。これに対して日本政府は追加制裁措置を決定するが、北朝鮮は対抗策として拉致被害者など日本人に関する包括的な調査を全面中止し、「特別調査委員会」を解体すると発表。「重大な悪結果を生じさせた全責任は、安倍政権が負わなければならない」と、安倍政権を名指しで非難した。先月には、「拉致問題は解決済み」との立場を示すなど、北朝鮮は従来の頑なな姿勢に戻った。

(参考記事:北朝鮮、ストックホルム合意を破棄か…「拉致被害者調査」の全面中止

二国間における交渉が厳しくなるなか、金正恩体制は核実験とミサイル発射を継続している。国際的な制裁が効果を出せていない状況下で、北朝鮮の姿勢を改めさせることが極めて困難になっていることは言うまでもない。

非現実的な自衛隊による救出作戦

厳しい状況をむかえるなか、拉致被害者の家族は、政府に「核問題と切り離して拉致を最重要課題として取り組んでいただきたい」と求めた。家族の切実な思いは理解できる。しかし北朝鮮に飲ませるべき問題は、核・ミサイルの放棄と、日本人拉致の清算だけではない。北朝鮮国内での人権侵害を止めさせることも、同様に重要な課題としてあるのだ。拉致問題だけをもって日本が独自に交渉するとなれば、国際的な足並みを乱していると見なされかねない。なによりも、北朝鮮の国家的な人権侵害を国連で告発し、国際的なイシューとしてきたのは日本政府である。

(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑

冷静に見れば、日本政府に「打つ手無し」というのが現状なのかもしれない。被害者家族から「会えなかったら誰が責任を取るのか」という声まで出ているのは、「最重要課題」と言いながらも、まったく結果を出せていない政府に対する苛立ちなのかもしれない。一部からは「自衛隊を派遣して拉致被害者を救出すべき!」という強硬論も出ているが、これが非現実的であることは、過去にも本欄で指摘した。

(参考記事:自衛隊は絶対に「拉致被害者」を救出できない

安倍首相は19日、国連総会に出席するため、米ニューヨークに到着した。出発前には、「米韓をはじめ、中国・ロシアと緊密に連携し、国連の場でも拉致の解決を訴える」と述べたが、国連や米韓には拉致問題の解決を繰り返し訴えてきた。北朝鮮と同じく人権問題で米国と対立している、中国・ロシアに解決を訴えたところで、両国が積極的に動くことはまずない。

国際社会の圧力を顧みず、核武装国家に向けて突っ走る金正恩体制に、勇ましい言葉を1万回唱えても姿勢に変わりはないだろう。「圧力を強めれば北朝鮮は必ず日本にすり寄ってくる」という都合のいい予想論も、もはや破綻しつつある。

それでも、拉致被害者の命には限りがあり、被害者家族の高齢化が進むなか、早期の解決を望む声は強い。本欄で以前も指摘したが、本気で拉致問題を解決するためには、感情論を排除して現実的な判断、すなわち北朝鮮と水面下での「裏取引」をするしかない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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