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人知れず山奥に埋められる北朝鮮の人々…中朝国境での怪事件

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮との国境に位置する中国の都市で、行方不明になる北朝鮮住民が続出している。その数は8月から2か月で6人におよぶ。北朝鮮内部の取材協力者が、奇怪な事件の「真相」を伝えてきた。

北朝鮮と中国の国境エリアには、一種の「暗黒地帯」がある。違法に国境を超える北朝鮮の人々は、トラブルと遭遇しても中国当局に保護を願い出ることができないためだ。そこで何らかの悲劇に遭うのは韓国などへの亡命を目指す脱北者であることが多いが、食べていく道を求め、ごく短い期間、国境を超える人々も例外ではない。

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両江道・恵山(ヘサン)市は、鴨緑江をあいだに中国の吉林省・長白県と向かい合う国境都市だ。同市では8月から「ニンジン泥棒」がシーズンを迎える。闇にまぎれ、川幅わずか数メートルに過ぎない鴨緑江を渡り、対岸の長白県の奥まった山中にある畑から「朝鮮人参(高麗人参)」を盗み出し、無事に持ち帰る「仕事」である。

朝鮮人参は、換金性が高いのが特徴だ。市場では5センチ程度の物が、1キロあたり100中国元(約1500円)で取引される。さらに「5年物以上」の朝鮮人参を持ち帰れば、1キロ500元(約7500円)の値がつくこともざらだ。4人家族の平均的なひと月の生活費は400~600元(約6000円~9000円)程度であるため、籠いっぱいに持ち帰れれば、一日で一年分の生活費を稼げることもある。文字通り「一攫千金」だ。

失敗が意味するもの

だが、話はこれで終わらない。中国の栽培業者が怒りに燃えているためだ。4年から6年ものあいだ、精魂かけて育てた朝鮮人参が一夜のうちに姿を消す事態を静観するほど、彼らはお人好しではない。泥棒に現れた北朝鮮住民を見つけ次第、激しい暴力をもって撃退する。一方の泥棒側も生活がかかっているため、易々とやられる訳にはいかない。しぜん、対立はエスカレートする。

このため、中国の栽培業者は武装して対抗する。カマやクワなどの農具を用いるのはまだマシな方で、鋭い刃物や、果ては猟銃までも問答無用で発射するまでになった。素人である北朝鮮住民が銃にかなうはずもなく、重傷を負ったり、運が悪いと死亡することもある。死んだ場合は栽培業者の手で、そのまま山に葬られる。人参畑は山奥にあるため、銃声も遠くまで届かず、万一、中国公安(警察)が駆けつけても「動物だと思って撃った」と言えば、事件にはならない。

これが恵山市の北朝鮮住民が「行方不明」となる真相である。過去にも、8月から10月にかけての朝鮮人参の収穫シーズンに、一命をとりとめ、ボロボロになった姿で市内をさまよう泥棒帰りの住民の姿を見かけることがあったという。

恵山市はもともと、地域的な特性上、中国との密輸が盛んな都市である。だが最近では、国境監視が強まっているため、密輸も難しくなり、「ニンジン泥棒」へと走る住民は増える一方だと取材協力者は明かす。

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北朝鮮メディアが派手に宣伝する、きらびやかな首都・平壌の姿とは異なり、地方都市では電力もまともに供給されず、崩壊した経済が復興する兆しは全く見えていない。商売の元手も無く、甘い汁を吸う権力とも程遠い無名の住民が、今日も中国の山奥で非業の死を遂げているのである。

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デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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