金正恩「拷問部隊」の暴走と「体制批判メール」事件
今年8月、北朝鮮北部の国境都市で起きた「スパムメッセージ」事件。「朝鮮労働党のイルクン(職員)は何をしている!」、「イルクンは賄賂をもらってばかり!」、「無実の者は捕まえるな!」などと、独裁政党を正面から批判する差出人不明のメッセージが10余名の携帯電話に届いたのだった。受け取った住民の一人が当局に通報したことで、事件が明るみに出た。
「被害者」まで処罰
防諜と思想統制を担当し、残虐な拷問でどんな人間にも真実を白状させる秘密警察・国家安全保衛部が、すぐさま捜査を開始。住民に対し異例の「自己申告」を呼びかけ、メッセージが届いた携帯電話を没収する騒ぎとなっていた。通常、体制批判につながる事件は秘密裡に処理する北朝鮮当局も、携帯電話への無差別的な「攻撃」には住民の協力を仰がずにはいられなかったようだ。
(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」)
それから2か月。捜査の推移を現地の取材協力者がデイリーNKに伝えてきた。前回と同様、取材協力者の安全のために、具体的な地名は伏せることをご了承願いたい。
まず、犯人と目される人物は10月初頭に、咸鏡北道の某都市で逮捕されたとのことだ。もちろん。保衛部は「~~という事件を解決した」と広報することはないため、あくまでもウラ情報である。さらに、事件当初、携帯電話を没収された人物、つまりスパムメッセージが届いたと自己申告した人物は、20名に及んだという。「偶然」では片づけられない数であり、明確な意図を持った「事件」と見ることができるだろう。
ただ、事件はおかしな方向に進んでいると取材協力者は語る。「捜査のためにと没収された携帯電話が返ってこない」というのだ。そればかりか、「被害者であるはずの携帯電話の持ち主の中に処罰を受ける者が出ている」という。
カラクリはこうだ。保衛部は携帯電話を徹底的に「洗った」のだった。そうするうちに、携帯電話から取締りの対象となる韓国や外国の歌謡曲データを削除した痕跡や、電話機自体が契約者と使用者が異なる「飛ばし携帯」であることが明らかになり、逮捕に至ったということだ。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
保衛部のこのような強引な捜査手法について、現地の住民は「メッセージ事件を解決できずに焦った保衛部の連中が、なんだかんだとこじ付けて別の内容の事件として仕立て上げ、実績を上げようとしているのでは」と噂しているという。
(参考記事:口に砂利を詰め顔面を串刺し…金正恩「拷問部隊」の恐喝ビジネス)
およそ300万人と、まだ人口の一割強にしか携帯電話が普及していない「携帯後進国」北朝鮮ではじめて起きた「スパムメッセージ」事件は、いったん解決したと見てよさそうだ。だが米韓の情報当局も携帯電話への「無差別スパム攻撃」に興味を示しているという情報もあり、今後も類似の事件は増えていきそうな気配である。