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「人民のかたき、金正恩を倒せ!」北朝鮮国内でビラ・落書きの発見相次ぐ

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮の北東部で、またもや金正恩党委員長を批判するビラや落書きが相次いで発見されていると米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

正恩氏の「ブタ工場」行き

先月20日、両江道(リャンガンド)恵山(へサン)市では、普天(ポチョン)郡の市場に向かう通りで「金正恩を打倒しよう」と書かれたビラが発見された。事件を受けて、平壌から中央党検閲グループが急遽派遣され、普天郡のすべての住民、兵士を対象にして筆跡調査を行っているという。また最近、郡に出入りしたり近くを行き来した人物をリストアップし、取り調べや家宅捜索も行っているもようだ。

北朝鮮国内ではこれまでも、金正恩氏や当局を批判するビラや落書きが発見されている。また、庶民は不満を口にすることもあるが、その時は言質を取られないよう間接的な表現を用いる。例えば、次のような具合だ。

金正恩氏は今年8月、「大同江(テドンガン)ブタ工場(養豚場)」を現地指導した。下の写真はその時の様子だ。

大同江養豚工場を現地指導した金正恩氏(2016年8月18日付朝鮮中央通信より)
大同江養豚工場を現地指導した金正恩氏(2016年8月18日付朝鮮中央通信より)

この現地指導がテレビで放映されるやいなや、正恩氏を「テジ」と呼ぶことが流行りだしたのだ。テジとは、朝鮮語でブタのことだ。庶民らはこの放送を見ながら、喜々として正恩氏をあれこれと揶揄したようだ。

(参考記事:金正恩氏の「ブタ工場視察」に北朝鮮庶民が浴びせる酷い悪口

いくら反感をもっているとはいえ、さすがに「ブタ」呼ばわりはどうかとも思う向きもあるだろう。しかし、北朝鮮の体制は、韓流ドラマのファイルを持っていたという容疑だけで女子大生を拷問するなど、国民が海外の情報に触れたり、自由な表現をすることを極端なまでに取り締まっている。

(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…

庶民が、正恩氏をいかに口汚く罵ったとしても、筆者はそのことを批判する気にはなれない。

幹部らも悪口

一方、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)市にある水南(スナム)市場では、体制非難の落書きが見つかった。今月11日の午前5時ごろ、パトロールを行なっていた清津市保安署(警察署)の夜間巡察隊が、コンクリートの壁に「人民のかたき、金正恩を処断せよ」と書かれているのを発見したのだ。

保安署は、落書き事件が市民に知れ渡らないように、一帯を通行止めにするなどの措置を取ったが、市内全域に口コミであっという間に広まってしまった。どうやら保安員(警察官)が発見する前に、付近を通りかかった複数の商人がこの落書きを目撃し、周囲の人々に触れ回ったようだ。

北朝鮮では一般的に、このような落書きやビラを目撃しても、ほとんどの人が通報しない。「金正恩氏に対する批判は重大犯罪なので、下手に通報などすれば自分が疑われ、最悪の場合は首が飛びかねない」と思うからだ。「触らぬ最高指導者に祟りなし」というわけで、スルーするのである。

ところが、同市内の浦港(ポハン)区域在住のある住民は、特定人物を落書きの犯人として通報した。治安当局に忠誠心を示したかったのかどうかはわからないが、その通報者が酷い目に遭ってしまう。通報者が輸城川(スソンチョン)の堤防を歩いていたところ、正体不明の集団に襲撃され、顔面、頭部の裂傷など重傷を負わされたのだ。

犯人の素性を推測する手掛かりは何もないが、経緯から見て、体制に不満を持つ人々による「報復」であるように見受けられる。

金正恩氏を揶揄するのは庶民らだけではない。幹部でさえ外国を一度も訪問せず、首脳会談すらできていない金正恩氏を揶揄することもあるという。

(参考記事:金正恩氏が激怒した北朝鮮庶民のジョークとは?

筆者も中朝国境で両国を往来する北朝鮮ビジネスマンから、何度も金正恩氏を非難する言葉や悪口を聞いたことがある。もちろん、そうした言葉は国外にいてこそ口に出せるのであり、北朝鮮国内ではそうはいかない。

それでも、北朝鮮内部から漏れ伝わってくる金正恩批判の度合いは日増しに強まっている。それこそが、北朝鮮の庶民らの「本音」なのだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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