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「北の3代目の血なまぐさい蛮行」金正男氏殺害で東南アジアが激怒

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮が、長年にわたり友好関係を維持してきた東南アジア諸国からも、遂に見放される日がやってくるかもしれない。

駐マレーシアのカン・チョル北朝鮮大使は20日午後、金正恩党委員長の異母兄・金正男(キムジョンナム)氏が殺害された事件を巡り、「死因の特定が遅く、マレーシア警察の捜査は信頼できない。何者かが裏にいるのではないか」などと非難する声明文を、大使館前に集まった報道陣に読み聞かせた。

カン大使は17日深夜にも一部メディアを前に「心臓発作で死んだと説明を受けた。司法解剖の必要はない」「我々をだましている。何かを隠している」などとマレーシアへの不満をぶちまけた。

米軍と死闘

これを受け、マレーシアは激怒。20日に北朝鮮駐在の自国大使の召還を決めたほか、アマン外相は外交儀礼さえ忘れたような激しい表現で北朝鮮を非難した。

(参考記事:「妄想と嘘をかき集めている」マレーシア外相、北朝鮮を激しく非難

怒っているのは、マレーシアだけではない。

タイの英字紙バンコク・ポストは20日付の社説で、正男氏殺害は北朝鮮当局の仕業であると早くも決めつけている。

そして、「金王朝による兄弟、王族の殺害は、平壌の中で起きる限りにおいて容認されたり、見過ごされたりしてきた」「今やその犯罪が海外にまで及び、またもやASEAN国家が金氏世襲の3代目の殺し屋たちが行った、汚らわしく血なまぐさい、野蛮な犯罪の後始末を強いられている」などと、言葉をきわめて非難しているのだ。

ちなみにこの中で「またもや」とされているのは、北朝鮮が東南アジアにおいて、ビルマ(現ミャンマー)でのラングーン爆弾テロ事件やカンボジアで発覚した偽ドル事件、タイ人女性の拉致など、数々の蛮行を働いてきたことを指している。同紙は今回の事件でも、ベトナムとインドネシアの女性が「使い捨てにされた」として怒りを露わにしており、こうした論調が広がれば、北朝鮮は東南アジアにおいて居場所を失いかねない。

正恩氏は果たして、このような状況をどう考えているのだろうか。北朝鮮の核・ミサイル開発に対する国際社会の制裁が強化される中でも、東南アジアは彼らが外貨稼ぎに励むことができる、数少ないオアシスだった。かつてはタイやカンボジアの北朝鮮レストランが韓国人観光客に人気を博し、かなりの収入を上げていた時期もある。

(参考記事:美貌の北朝鮮ウェイトレス、ネットで人気爆発

東南アジアとこのような関係を築いたのは、正恩氏の祖父・金日成主席である。中ソ対立など、大国間の綱引きに翻弄され、非同盟諸国運動の中で地位を占めることに活路を求めた金日成氏は、東南アジアの指導者たちとの友好を重視した。

そのために必要とあらば、ベトナム戦争に空軍を派兵し、世界最強の米軍と死闘を繰り広げることも厭わなかった。

(参考記事:米軍機26機を撃墜した「北の戦闘機乗りたち」

そのようにして築かれた友好関係は、正恩氏が祖父と父から受け継いだ、数少ない貴重な遺産と言えるはずだ。正恩氏はもしかしたら、核兵器さえあれば、このような遺産さえ必要ないと勘違いしているのではないか。

正男氏殺害事件の真相はいまだ解明されてはいないが、カン・チョル大使の言動ひとつとっても、東南アジアとの友好を傷つけるには十分な要素と言える。

今後、捜査がどのように進展するかは予断を許さないが、結果次第では北朝鮮がASEAN各国から厳しく指弾され、いずれ謝罪に追い込まれる可能性もあると筆者は予想する。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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