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オバマ政権のミサイル防衛見直しと対露関係

小泉悠安全保障アナリスト
SM-3を発射するイージス巡洋艦シャイロー

欧州MD計画の見直し

今月15日、米国のヘーゲル国防長官は、ミサイル防衛(MD)計画の見直しを表明した。

これまで米国はイランの弾道ミサイル脅威に対抗する為に欧州多段階応用アプローチ(EPAA)と呼ばれるミサイル防衛計画を進めてきた。EPAAは2011年から2022年までを4段階に分け、徐々にミサイル防衛能力を強化しようとするもので、中心となるのは、SM-3迎撃ミサイルを搭載するイージス艦と、その陸上バージョンである「イージス・アショア」システムである。

SM-3自体もバージョンが分かれており、現行のSM-3ブロックIAならば短距離・準中距離弾道ミサイルまでしか対処できない。2015年までに配備予定のブロックIBでは短距離・準中距離弾道ミサイルへの対処能力がさらに向上し、ブロックIIA(2018年配備)では中距離弾道ミサイルの迎撃が可能になる。そして最終段階であるブロックIIB(2022年配備)は欧州上空を飛び越えて米本土へと向かうイランのICBMさえ迎撃できるようになるはずだった。

だが、今回のヘーゲル国防長官の決定によると、EPAAの第4段階はとりやめ、代わりに米本土に配備されているGBIの数を現状の30基から44基に増加させることになった。

GBI (Ground Based Interceptor)は地下のサイロから発射される大型迎撃ミサイルで、北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備えてアラスカとカリフォルニアに配備されている。

ヘーゲル長官のGBI増強の決定は、北朝鮮が弾道ミサイル開発を継続し、その能力を向上させ続けていることに対応したものだ。

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注目が集まるロシアとの関係

一方、EPAAの第4段階が中止された欧州の方では、ロシアとの関係に注目が集まっている。ロシアはアメリカのMD計画が自国の戦略核抑止力を損なうなどとして猛反発してきたためだ。

2006年にブッシュ前政権が最初の欧州MD計画を発表した際には、ロシア軍高官がMD施設への予防攻撃の可能性を口にしたほか、2008年のメドヴェージェフ大統領(当時)の教書演説では、カリーニングラード特別州(バルト海に面した飛び地)に短距離弾道ミサイルや電子妨害システムを配備するなどの対抗措置を取ることも示唆された。

その後、2009年にオバマ政権がブッシュ政権時代のMD構想をキャンセルし、代わりに導入されたのが今回のEPAAだった。ロシアが猛反発している計画をひとまず取り下げたことと、EPAAの第1~第3段階はICBM迎撃能力を持たないことなどから、ロシアは当初、EPAAに対して好意的な態度を見せていた。

それどころか2010年には、リスボンのNATOサミットにおいてロシアが欧州MDのパートナーとして招待され、メドヴェージェフ大統領も協力を快諾するなど、かなり楽観的な雰囲気が漂っていたとさえ言える。

だが、ここから米露の擦れ違いが明らかになってきた。

一言でいえば、米国はあくまでもロシアを「パートナー」に留め、実際のミサイル迎撃はあくまでもNATOのみで行う方針であるのに対し、ロシアは自国も対等に参加する形でなければ認めないという立場である。

たしかにイランから発射された弾道ミサイルはロシア南部を経由するので、ロシアにミサイルの探知や迎撃を任せるというのは地理的には合理性がある。しかし、米国にしてみれば、

1.同盟国でもないロシアに国家安全保障の根幹を任せるわけにはいかない

2.そもそも米国でさえ苦労しているICBM迎撃システムがロシアに実現可能なのか

という至極まっとうな理由から、ロシアの立場は受け入れがたい。ただし、ロシアからの弾道ミサイル警戒情報の提供自体は歓迎するとしている。

一方、ロシアとしては、

1.EPAAの迎撃範囲はロシア上空にまで及ぶ可能性があり、これはロシア西部地域から発射されたICBMを迎撃可能であることを示す

2.EPAAを構成するイージス艦が北極海にまで進出してくる恐れがあり、さらに幅広い迎撃が可能となる

の二点を自国の核抑止力に対する脅威であると位置づけている。米側は、EPAAにはそのような能力は無いと説明しているが、ロシアは昨年、モスクワで国防相主催の大々的な会議を開催し、コンピュータシミュレーションを使ってSM-3がロシアのICBMを迎撃可能であるとの論陣を張った。

国際会議で国防省が提示したシミュレーション画像(mil.ru)
国際会議で国防省が提示したシミュレーション画像(mil.ru)

その上でロシアが求めているのが、MDに関する「法的保障」である。

つまり、米国のMDがロシアの核抑止力を脅かさないことを保証するため、法的拘束力のある文書でMDシステムの展開地域制限や事前通告などを定めよ、ということだ。要するに、1972年から2002年まで有効だったABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約の新バージョンを作れという主張である。

だが、米国側はMD能力の構築を外国に縛られるようなことは絶対に受け入れがたいとしており、両者の主張はここ数年、平行線をたどり続けてきた。

歩み寄りの契機は開かれたか?

では、今回のEPAA見直しにより、米露歩み寄りの契機は開けたのだろうか?

全体として言えば、ロシアの立場は冷淡である。

たとえば核軍縮・MD問題を担当してきたリャプコフ外務次官は、EPAAの第4段階がキャンセルされてもロシアの立場に変化はなく、戦略的安定に関する懸念は取り除かれていないとコメントしている。プーチン大統領やショイグ国防相といった政府・国防トップも、今回の決定を否定はしないものの手放しで歓迎するような雰囲気は示していない。

さらに今月22日、アントノフ国防次官(やはり外務省で核軍縮・MDを担当していたが国防省に出港した人物で、MD問題のキーパーソンの一人)は、ロシアを訪問した中国の習近平総書記とショイグ国防相の会談でMD問題が扱われたことを明らかにした。

同会談では、上記のコンピュータシミュレーションのプレゼンテーションも行われ、両国はMD問題に対する見解で共通の立場に立っていることを確認したという(RIA Novosti, 23 March 2013)。

だが、より専門的な立場の人々のコメントは少しトーンが異なっている。

たとえば前戦略ロケット軍司令官で現在は同軍の顧問を務めるヴィクトル・イェーシンは、SM-3ブロックIIBこそがロシアをいら立たせていたミサイルなのであり、その中止は大きな意義を持っていると強調する(Interfax, 19 March 2013)。

イェーシンは、かつてSM-3がロシアのICBMを迎撃可能であるとの論文(“EvroPRO bez mifov i politiki,” Nezavisimoe voennoe obozrenie, 13 April 2012)を執筆したこともある人物であり、それだけに彼の評価は重みがある。

にもかかわらず、政治指導部の反応が今一つ薄いのは、ドヴォルキン(元戦略ロケット軍で現・核戦略研究者)が指摘するように、MD問題が軍事的というより政治的な意味を帯びているからであろう。

ロシアは常々、NATO中心の安全保障枠組みに異議を唱え続けてきた。MD問題に関しても、ロシアが本当に気に入らないのは、MD構想がロシアのあずかり知らぬところで勝手に決定され、何の相談もなく配備が始まるような、ロシアを蚊帳の外に置いた安全保障秩序そのものなのだと考えられよう。

また、ロシアのタカ派にとっては、そもそもMD問題は解決されるよりも揉め続けている方が都合がよいのだという指摘もある(”Missile Defense Is a Nice Problem to Have,” Moscow Times, March 19, 2013)。

今回のEPAA見直し決定を受けて米露のMD対話は続くだろう。

実際、ショイグ国防相は25日に行われたヘーゲル国防長官との電話会談で、MDに関する次官級協議を再開する方針を固めている。

しかし、これまで見てきたような一連の事情を勘案するならば、近いうちに落とし所が見つかる見込みは低そうだ。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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