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オバマ大統領の核削減演説 鍵を握るロシアの出方と「中国ファクター」

小泉悠安全保障アナリスト

核弾頭を1000発まで削減

6月19日、G8サミットの帰途にドイツの首都ベルリンを訪問したオバマ米大統領は、さらなる核兵器の削減を目指すとの声明を発表した。

第1期オバマ政権は「核なき世界」を打ち出してSTART1(第一次戦略兵器削減条約)の後継となる新START(戦略兵器削減条約)をロシアとの間で締結し、核弾頭を1550発まで削減する道筋をつけることに成功した。

今回の声明はこの核削減をさらに推し進めようとするものだ。

ただし、オバマ大統領の演説内容を仔細に検討すれば、これが抽象的な平和主義に基づくものではなく、あくまでもリアルな安全保障政策に裏付けられていることが分かる。

そこでまずはオバマ大統領の発言骨子を以下に確認しておこう。

1. 配備状態の核弾頭数を新STARTの上限である1550発よりさらに3分の1(約500発)削減する

2. 削減はロシアとの交渉に基づく

3. 依然として世界には核兵器が存在する以上、安全かつ効果的な核戦力を保持する必要がある

4. 米国や同盟国に対する信頼性の高い抑止力を保持する

5. 核兵器を使用するのは、米国や同盟国にとって死活的な利益を守るための極限状況においてのみとする

6. 中露との戦略的安定を維持する

以上のように、オバマ大統領の発言では核弾頭の大幅な削減が謳われている。

その一方、この世界に核兵器が存在する以上、核兵器は引き続き保有し、抑止力を維持しなければならないと述べていることにも注意する必要がある。

核軍縮とは核兵器の保有数を削減・制限したり、特定の種類の核兵器の配備を制限・禁止したりすることによって核抑止を確実にすることを目指すものであって、本質的には軍事的な核抑止戦略そのものである。

新START以前に成立した4つの核軍縮条約(SALT-1(第一次戦略兵器制限交渉)、INF(中距離核戦力)禁止条約、START-1、SORT(戦略攻撃能力削減条約))がいずれも対ソ・対露強硬派の共和党政権の時代に成立しているのは、まさに核軍縮が核抑止戦略そのものであることの端的な象徴であり、平和主義的な文脈での「核廃絶」とは根本的に異なることを示している。

「核なき世界」論の背景

そもそもオバマ大統領の「核なき世界」はキッシンジャー元国務長官やペリー元国防長官といった元・冷戦の闘士達が連名で書いた同名の論文を下敷きにしたものであり、あくまで米国による核抑止をよりよく保障するためのものであることは当然と言える。

「核なき世界」論の背景には、冷戦の終結によってロシアの核の脅威は低下しており、厳密な対露核抑止や大量の戦略核保有の必要はなくなった、という考え方がある。

このような考え方は前任のブッシュ政権も共有してはいた。

しかし、ブッシュ政権がテロリストや「ならず者国家」に対して積極的に小型核兵器などを使用する方針であったのに対し、「核なき世界」論では

・テロリストのような非国家主体には核の抑止力が働かない

・新興の核保有国は事故・誤認・承認を得ない発射などを防ぐためのノウハウが不足しており、これらの諸国間の(そして米国の)核抑止力が冷戦期のような安定の礎になるかどうかは甚だ疑問である

という2点を以て、核兵器の重要性は低下していると説く。

むしろ「核なき世界」論が重視するのは国際協調だ。

米露だけが核兵器を保有しておきながら新興国に核不拡散を押しつけていては道理が通らず、結果的に核兵器を持った不安定な国が増えていくだけなので、まずは米露が率先して核兵器を削減して見せ、核不拡散を主導する「道徳的な権威 (moral authority)」を獲得すべきだ、という考え方である。

冷戦終結によって不要となった大量の核兵器をある程度削減してみせることで他の諸国にも核放棄や不拡散を呼びかける論理的な根拠を確保し、形骸化したNPT(核不拡散条約)を再活性化したい、というのが「核なき世界」論の最終的な目標と言える。

したがって、ここでいう「核なき」は「世界(核大国を除く)」に掛かっているのであって、米国自身が最終的に核兵器を放棄しようという話ではない。

実際、米空軍や海軍は次世代戦略攻撃システムの検討を実施中であり、現行のミニットマン3 ICBM等の戦略核戦力を代替していく予定である。

ロシアの出方

以上で述べたことからも明らかなように、米国は自国や同盟国の抑止力を脅かしてまで一方的に核削減を行うつもりはない。

オバマ大統領自身も述べているように、まずは第2位の核大国であるロシアと共同歩調をとって、互いの均衡が保てるように核削減を行う必要がある。

ロシアの核兵器は老朽化によって減少していく一方だったが、最近では新型核兵器の配備が進んだこと等もあって核弾頭数は1500発弱程度で下げ止まっており(以前の小欄を参照)、米国が一方的に1000発まで核弾頭を削減すればロシアに500発ほど差をつけられてしまう。

したがって、ロシアが同意しない限り、米国が実際に1000発まで核弾頭を削減する望みは極めて薄いと言える。

では、ロシアはどのように出てくるだろうか?

現在のところロシア政府はオバマ演説に対して公式の反応を示していないが、好意的な反応はあまり期待できそうもない。

小欄ほかで繰り返しお伝えしているように、ロシアは米国の欧州ミサイル防衛計画が核抑止を脅かすなどとして反発しており、この問題が解決しない限りはさらなる核削減に同意することは考えにくいためだ。

(6/21追記 その後、ロシア政府高官からは実際にオバマ大統領の核軍縮提案を拒否する発言が相次いでいる)

G8では米露首脳会談も行われたが、シリア問題の応酬に大部分の時間が費やされ、結局、ミサイル防衛では目立った進展はなかったらしい。

しかもロシアは、米国の非核戦略攻撃能力にも脅威認識を抱いている。

1990年代以降、米国を中心とする西側諸国はトマホーク巡航ミサイルなどの長射程・精密誘導兵器を大量使用することによって核兵器を使うことなく敵の政治・経済・軍事中枢を正確に破壊するという戦略を多用するようになった。

一方、ロシア軍にはこうした長射程精密誘導兵器は大量配備されていない上、航空母艦や在外基地といった前方展開拠点を持たないために、西側と同様に世界のどこへでも精密通常攻撃を掛けられるという体制にない。

米空軍が実験中の無人シャトルX-37B
米空軍が実験中の無人シャトルX-37B

また、米国は弾道ミサイルに重金属弾頭の非核弾頭を搭載し、これを極超音速で目標に落下させることで破壊する通常弾頭型弾道ミサイル(CSM)や、極超音速の宇宙機を「宇宙爆撃機」として使用するなど、各種の先進的な非核戦略攻撃兵器の開発・検討を進めている(「宇宙爆撃機」については米空軍が試験を行っているX-37B無人宇宙往還機が関連していると言われるが、これまでに行われた3回の飛行試験の内容はいずれも機密扱いされている)。

だが、このような極超音速兵器の開発でもロシアは後れを取っており、国防関係者達は度々懸念を表明してきた。

ロシア政府が計画中の軍需産業の再編案でも極超音速兵器の開発は重視されており、ミサイル・システム関係の企業をいくつか統合して「極超音速兵器カンパニー」を設立しようという動きもある。

要するに、ロシアは攻守両面で米国に対して劣勢に立つ危険性を抱えている、と言える。

このような状況下でうっかり核削減に同意すれば、核兵器だけは米露とも1000発で対等だが、米国はこれに加えて大量の精密誘導兵器や極超音速兵器を持ち、ミサイル防衛網まで配備していてロシアは全く太刀打ちできない・・・という状況になりかねない(すでに部分的にはそうなりつつある)。

新START条約の交渉過程において、弾頭の種類に関係なく全ての長距離弾道ミサイルを制限の範囲内に含める(つまりCSMも対象に入れる)よう強硬に主張したのは、こうした背景があってのことだ。

逆に言えば、ロシアがこうした非核戦略兵器の配備に目処をつけられれば、一定の核削減に応じる可能性はある。

中国ファクター

もうひとつ、考慮しておかなければならないのが中国だ。

SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)の推定に拠れば、米露の核兵器が減少する一方で中国はわずかずつながら核兵器を増強しており、2012年には240発、2013年には250発の核弾頭を保有していると見られる。

もちろん、そのすべてが実戦配備されているわけではないし、米露は予備核弾頭や戦術核兵器といった形で依然、中国に対して圧倒的な核戦力を持ってはいる。

だが、その差がじわじわと縮まり、相対的な優位が揺らいでいるのも事実だ。

仮に米露が大幅な核削減に踏み出しても、その間に中国はさらに核戦力を増強してくるであろうから、実戦配備される戦略核弾頭の数に限れば差が一気に縮まることも考えられる(特に現在開発中のJL-2潜水艦発射弾道弾が実用化され、晋級SSBNが実戦配備された場合等)。

しかも中国との間に大洋を隔てている米国とは異なり、ロシアは中国と地続きであるため、中国軍は短・中距離ミサイルや戦闘爆撃機でも十分にロシア領内の重要目標や野戦軍に対して核弾頭を投射可能となる。一方、ロシアはINF条約によって射程500-5500kmまでの準中距離・中距離弾道ミサイルを放棄している。

このため、ロシアは以前から「さらなる核削減を行うなら多国間で行うべき」とか「INFを第三国にも適用すべき、さもなくば破棄すべき」との主張を繰り返している。

ここで言う「多国間」とか「第三国」が主として中国を指しているのは明らかであろう。

オバマ演説のインパクト

これまで見てきたように、ロシア、そして中国というファクターを考慮すれば、オバマ大統領の核削減計画がすんなりと進む可能性は望み薄だ。

ただし、それでも一定の効果は期待できよう。

既に述べたように「核なき世界」論のひとつの眼目は「道徳的権威」の獲得、やや卑近な言い方をすれば米国が核不拡散を進めようするときに「お前が言うな!」とツッコミを受けないようにするものである。

したがって、「さらなる核削減に向けてロシアに呼びかけを行っていますよ」というスタンスを取っておけば、今後の核不拡散政策を進めやすくなる。

特に注目されるのが、イラン大統領選で保守穏健派のロウハニ師が当選したことだ。

同氏も「核の平和利用」を続けるとの姿勢は示しているが、アフマディネジャド大統領に比べれば交渉相手としてはずっとやりやすい。そこに米国自身がさらなる核削減に向けたイニシアティブをとれば、交渉における「道徳的権威(ツッコミ耐性)」はさらに高まるだろう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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