Yahoo!ニュース

中露合同軍事演習の「同床異夢」

小泉悠安全保障アナリスト

今週の8日から10日に掛けて、ロシア極東のウラジオストク沖合で中露合同の海上軍事演習「海上協力2013」(中国名「海上連合2013」、ロシア名「モルスコイェ・ヴザイマジェイストビエ2013」)が実施された。

この演習の特徴は2つある。

第一に、中露の完全な二国間軍事演習である点だ。

これまでの中露合同演習は中央アジア4カ国と中露で構成される上海協力機構(SCO)の「平和の使命」演習の枠内で行われていたのに対し、中露は去年からSCOの介在しない二国間演習「海上協力」を開始した。

今回の「海上協力2013」は、去年の「海上協力2012」に続いて2回目の完全な中露合同演習となる。

第二に、今回の演習は中露合同軍事演習としては初めて、日本海側で実施された。

過去に中露が行った合同軍事演習はいずれも黄海や山東半島沖合といた南方海域であったのに対し、今回はウラジオストク沖の日本海が演習エリアとなった。

日本から見れば、自国の裏庭で中露が合同軍事軍事演習を行ったことになる。

中露合同軍事演習は「対日演習」か?

こうした事情もあって、この中露合同軍事演習を日米に敵対的なもの、と位置づける報道が比較的多いように思うが、筆者の見方はやや異なる。

たしかにロシアは中国との二国間演習という形で結びつきを強めつつあるが、それは中国に限ったことではない。

近年、ロシアはアジア・太平洋地域の安全歩保障へのコミットメントを強化しており、最近になって米国との二国間合同海上演習や、米国主催の環太平洋多国間演習RIMPACへの参加、日米韓への艦艇の寄港、日米露安全保障有識者対話(毎年)といったイニシアティブを次々と打ち出している。

また、今年4月に安倍首相が訪露した際には、北極海においてロシア海軍と海上自衛隊が捜索・救難(SAR)活動で協力することや、国防相・外相(日本は防衛相・外相)による「2+2」会合を実施することが合意された。

特に「2+2」については、現状、日本がこのような枠組みを持っているのは米国とオーストラリアだけである(初会合は年内に実施される予定)。

要するにロシアは中国との関係だけを突出して強化しているわけではなく、米国やその同盟国である日韓とも関係を深めているのであり、今回の演習はそのような大きなグラフィックの一部と見る必要がある。

中露間の思惑の食い違い

また、合同演習のあり方を巡って中露間に思惑の食い違いがあることも見逃すべきでない。

一言でいえば、中国側は自国の安全保障政策の核心部分にロシアを引き入れようとしてきたのに対し、ロシアはこれを避けようとする傾向が存在する。

たとえば中露が初めて実施した大規模な合同海上演習「平和使命2005」では、中国側は演習費用をほとんど自国で負担するなどしてロシアの参加を強く働きかけた。

もともと中国としてはこの演習を台湾海峡に近い浙江省で実施し、台湾問題でロシアを自国の側に引き込みたかったと言われる。

しかし、これに対してロシア側は内陸部の新疆ウイグル自治区での実施を主張し、最終的に山東半島が実施場所に決まった。

ロシア側としては、台湾問題で米国と対立するような事態は避けねばならず、ぎりぎりの妥協案が山東半島だったようだ。

さらにこれ以降、2007年、2009年、2010年に実施された「平和使命」演習は基本的にロシアや中国の陸上での演習となり、海側での実施は避けられるようになった。

一方、昨年から実施されている「海上協力」演習では、「革新的利益」は台湾問題ではなく日本との領土問題であると考えられる。

このため、中国は去年の「海上協力2012」演習の実施に先立ち、これを日本海上で行うとか、中露艦隊が合同で対馬海峡を抜けるのだといった「中露連携」を強く打ちだそうとし、メディアでもこれを喧伝した。

だが、現実にはロシアはこうした中国の動きには乗らず、結果的に実施場所は黄海に決定された。

また、中国が国営メディアで演習の模様を大々的に取り上げたのに対し、ロシアの報道ぶりはかなり抑制的で、ベラルーシやCSTO(集団安全保障条約機構)との合同演習の際にやるような、国防省公式サイトに特設ページを設けるといったこともしなかった。

このような傾向は、今回の「海上協力2013」でも引き続き観察された。

中国のメディアは、中露が日本海の真ん中で演習を行うような報道を繰り返したが、実際の実施エリアはウラジオストク沖のピョートル大帝湾というごく狭い範囲に限定され、日本の排他的経済水域にはみださないように配慮されたほか、訓練内容もごく限定的なものとなった。

実は「海上協力」は当初、6月に実施されるとされていたものが7月にずれ込んだが、この間、水面下では実施場所に関して中露で何らかのやりとりが行われていたのだろう。

また、前回と同様、ロシア側はこの演習を大々的に報道しておらず、むしろ同時期にサンクトペテルブルグで実施された国際海事展示会(MVSV-2013)のほうをクローズアップするなど、前回に引き続いて抑制的な立場であった。

ロシア側の背景

ロシアは近年、人口流出や経済停滞の続く極東・シベリア地域の振興のため、経済成長の著しいアジア・太平洋地域との地域統合を熱心に進めてきた。

こうした中で特にロシアは、エネルギー資源の販路や技術供与元、直接投資元として日本に強い期待を持っている。

このため、ロシアは日中の領土問題についてロシアは基本的に中立を貫いており、近年、日中関係が先鋭化する中でもロシアは(中国の「戦略的パートナー」という立場にあるにも関わらず)明確に中国に肩入れすることは避けている。

今回の「海上協力2013」においても、中国の顔を立てて日本海側での実施という条件は受け入れたものの、明確に日本(そして米国)に敵視されるような演習となることは避けた、と評価できるだろう。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

小泉悠の最近の記事