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シリアと米国の狭間で苦悩するロシア 

小泉悠安全保障アナリスト

今年5月の記事で、ロシアとシリアの軍事的協力関係について紹介した。

週明けにも米軍によるシリア空爆が予想される中、その動きがさらに活発になってきている。

ただ、その一方で、米国とシリアの間でロシアがポジションをとりあぐねている様子も散見される。

以下、シリア空爆問題に対するロシアの動きをまとめた。

ウラジーミル・ウラジーミロヴィチの修辞法

インタービューに答えるプーチン大統領
インタービューに答えるプーチン大統領

9月4日、プーチン大統領はAP通信とロシアの国営テレビ「チャンネル1」のロング・インタビューに答えた。

この際、プーチン大統領が「国連に化学兵器使用の証拠が提出されれば攻撃に賛同することも排除しない」と述べたことが、世界的な大きなニュースとなった。

これまでシリアを擁護し、軍事介入反対を唱えてきたロシアが態度を変えたように見えたからだ。

ただし、インタビューの中身をよく見てみれば、プーチン大統領は態度を変えてなどいないことはすぐに分かる。

インタビュー冒頭のプーチン大統領の発言をまとめると、以下の通り。

・ そもそもシリアで化学兵器が使われたかどうかさえ正確には分からない

・ シリアの正規軍は反体制派を追い詰めつつある優勢な状況だったのであり、わざわざ化学兵器を使う理由がない

・ もし化学兵器をシリアの正規軍が使用したという確実な証拠があるなら、国連安保理に提出されるべき。それも情報機関が盗聴で手に入れたようなものではだめだ

・ シリアへの軍事介入に賛同することも排除はしないが、現状の国際法では国連安保理だけが主権国家への軍事力行使を決定できるのであって、それなしの軍事介入は違法である

以上のように、プーチン大統領の発言はこれまでのロシア政府の立場を繰り返したものであって、全体として見れば「軍事介入を認めた」とはとても読めない。

「軍事介入も否定はしないが・・・」というのはプーチン大統領のちょっとした修辞法であって、その部分だけが切り取られて一人歩きしてしまったように見える。

実際、6日からサンクトペテルブルグで始まったG20サミットではオバマ米大統領とプーチン大統領が非公式に20〜30分ほどの会談を行ったとされるが、結局、ミゾは埋まらなかったという。

一方、ロシア側からはナルィシュキン下院議長をトップとする議員団を米国に送り込み、軍事介入の可否を検討中の米下院に対して攻撃を辞めるよう説得工作を展開しようとしたが、これは米側の拒絶にあって実現しなかったようだ。

シリアでの化学兵器使用問題については、先週、もう一つの問題が持ち上がった。

チャック・ヘーゲル米国防長官が今月4日の下院外交委員会で、シリアの化学兵器はシリア国内で生産されているだけでなく、一部ロシアからも供給されていると発言したのである。

これに対してロシア側からはイワノフ大統領府長官が「まるで酔っ払いのでたらめ」と強い口調で反発するなど(ちなみにイワノフ長官はヘヴィ・スモーカーだがあまり飲まないようだ)、より態度を硬化させている。

依然として武器輸出を継続

9M133コルネット対戦車ミサイル
9M133コルネット対戦車ミサイル

このようにロシアは化学兵器使用問題でシリア寄りの立場を取る一方、シリアへの武器輸出を継続している。

ロイター通信の独自調査によると、過去18ヶ月の間に、ウクライナのアクチャブリャスク港からシリアのタルトゥースに向けて少なくとも14隻の貨物船が航行したという。

アクチャブリャスク港はロシアの国営武器輸出会社ロスオボロンエクスポルトが武器の積み出し用に使用する港の一つであり、タルトゥースにはロシア海軍の物資補給拠点がある。

しかも、この航路を通る船の数は今年の春頃から特に増加しており、前述の14隻の内、9隻が今年4月以降にアクチャブリャスク港を出港していた。

その積み荷が何であるのかははっきりせず、またシリア軍向けであるのか、タルトゥースのロシア軍物資補給拠点向けであるのかも明らかで無い。

ただし、タルトゥースの物資補給拠点は人員90名ほどが駐留するごく小規模なものと言われており、こう頻繁に貨物船を差し向けるほど補給すべき物資が多いとは思われない。

ロシアで武器輸出の専門家として知られるルスラン・プーホフは「これが我々には知らされていないシリア軍向け武器だとしても驚かない」と述べているように、シリア軍向けの武器援助である疑いは濃厚だ。

また、前述のロイターの記事が消息筋の話として伝えたところでは、問題の貨物船の積み荷には「コルネット」対戦車ミサイルが含まれている可能性が高いという。

9M133「コルネット」は現在、世界最強として知られる対戦車ミサイルである。2006年のレバノン戦争では、シリアからこのミサイルを手に入れた武装組織ヒズボラが、世界で最も重装甲の戦車として知られるイスラエルのメルカヴァを撃破する戦果を挙げている。

シリア政府は2010年に「コルネット」の大口導入契約を結んだとされており、それが今になって納入されつつある可能性は否定できない。

もちろん、それ以外の武器も供与されているはずだ。

すでにシリア内戦は2年半に渡って続いており、常識的に考えれば、外部からの補給が無ければ政府軍の備蓄弾薬はとうに尽きている。

にも関わらず政府軍が依然として活発な戦闘活動を行えている背景には、こうしたロシアからの援助がある可能性は高い。

しかし、戦車や戦闘機といった大型兵器とは違い、弾薬や小火器の輸出は捕捉することそのものが難しいため、その実態を知ることは困難だ。

どこまで売るかが悩みのタネ

ただし、ロシアとしても、シリアに無制限に武器を売っているわけではない。

弾薬の補充程度ならばまだしも、大々的な武器輸出を行ってシリア政府を支える、というところまではロシア政府は踏み出していない。

もちろんアサド政権を支えることにロシアは戦略的な意義を見いだしてはいるし、軍事介入に動く米国を強く牽制してもいるが、かといってアサド政権に大規模武器供与を行うとなれば、事実上、米国の軍事行動にロシアとシリアが一致して対抗するということになってしまう。

冷戦期ならばまだしも、現在のロシア政府がそこまで踏み出すことは難しいだろう。

実際、ロシアは内戦勃発前にシリア政府との間で結んだ武器輸出契約の大部分を凍結している。

この中には、巡航ミサイルを迎撃可能なMiG-31戦闘機やS-300防空システム、「パンツィーリ-S」短距離防空システム、MiG-29M2戦闘爆撃機(MiG-29シリーズの最新型)、Yak-130練習機、「バスチョン」地対艦ミサイル・システムなどが含まれていたが、実現したのは「パンツィーリ-S」と「バスチョン」程度だったようだ。

そのほかの兵器については当初、ロシアは「防衛的な兵器しか輸出しない」としていたが、最近では「シリア政府からの支払いが遅れている」という口実も使うようになってきた。

「防衛的な兵器」ということになればS-300も輸出できることになるが、同システムは最大で半径200kmもの広域をカバーできる上(最新型のS-300PMU-2型の場合)、超低高度を飛ぶ巡航ミサイルから短距離弾道ミサイルまで幅広く迎撃が可能な高性能システムであり、軍事介入に対する強力な対抗手段となる。

武装を搭載したYak-130練習機
武装を搭載したYak-130練習機

また、Yak-130練習機などは一見無害そうに見えるが、都市ゲリラに対する掃討作戦などには低速で小回りの効く練習機を武装させて投入したほうが高速の戦闘爆撃機よりも有効であることはこれまでの紛争の戦訓から明らかである(たとえば東南アジア諸国は英国のホーク練習機やその発展型を対ゲリラ攻撃用に使用しているし、今次シリア内戦でもチェコ製のL-39が機銃掃射を行う場面などが映像で確認されている)。

「支払いが遅れている」というのはこうした大型兵器の売却を遅らせるための方便らしい。

たとえば米軍事情報サービスのDefense Industry Dailyは「そもそも武器輸出業界では全額前払いなどということはまずなく、いくらか前払いをしておいて、残りは現物が届いてから、というのが普通」であるとして、「金が払われないので武器は売らない」というロシア政府の言い分は「奇妙だ」と指摘している。

また、6月のパリ・エア・ショーの際にもYak-130の輸出は「政治決断待ち」であるという政府筋の発言が伝えられており、ロシアが政治的判断からS-300やYak-130の輸出を差し止めていることはほぼ間違いあるまい。

ただし、プーチン大統領はS-300の「一部のコンポーネント」をシリアに輸出したことは認めている。

また、中国やウクライナ経由でシリアがS-300を入手しているのではないかとの観測もみられるが、これについては空爆が始まってみないことには何とも言いがたい。

地中海への艦艇派遣

武器輸出に加えて、ロシアは地中海に海軍部隊を展開させてもいる。

ただし、報道ではあたかも軍事介入を前にしてロシア海軍が地中海に「入ってきた」かのように伝えられることもあるが、これは誤解である。

前述のようにロシア軍はもともとシリアに海軍の拠点を持ち、昨年以降はシリア情勢の緊迫化を睨んで一定の規模の艦艇グループ(駆逐艦1隻、フリゲート1隻、揚陸艦2隻、その他支援船)を常時展開させていた。

今回、話題に上ったのはその艦艇グループを交代させるという話であって、この点は抑えておきたい。

軍艦も機械である以上はメンテナンス施設を離れて稼働し続けることは不可能であり、艦艇が交代すること自体は不自然ではない。

ただし、9月に地中海入りした黒海艦隊の艦艇グループの中には、偵察艦「プリアゾーヴィエ」が含まれている。

これまでロシア海軍の地中海派遣部隊にはこうした偵察艦は含まれておらず、おそらくは軍事介入を前に米軍の通信情報や信号情報を収集する狙いがあると思われる。

さらに今後は南米訪問中のミサイル巡洋艦「モスクワ」が予定を途中で切り上げて9月17日に地中海に到着する予定であるほか、9月半ばから末頃にかけて駆逐艦、フリゲート、ミサイル艇等が増強される計画である。

ただ、9月中旬から末頃といえば米国による軍事介入はすでに終わっている可能性もあり、このあたりのタイミングもロシア側が配慮した結果ともとれよう。

また、ロシア海軍は毎年年末に実施していた空母「アドミラル・クズネツォフ」の地中海派遣を今年は実施しないと発表している。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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