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北方領土に行ってみた(2)

小泉悠安全保障アナリスト

北方領土に行ってみた(2)

クリル発展計画と「ギドロストロイ」

前回の「北方領土に行ってみた(1)」では、北方領土にある種の「余裕」が生まれつつあると述べた。

では、このような余裕は如何にして生まれたのか。

その背景には二つの力が働いている。

その第一は、ロシア政府の策定した連邦特定目的プログラム「2007-2015年のクリル諸島社会経済発展計画」だ。

クリル諸島というのは千島列島から北方領土までをまとめた言い方であるが、これらの島嶼部の社会・経済インフラを連邦政府とサハリン州政府の出資によって8年間で大幅に改善しようというのがこの計画の目的である。

予算は8年間で279億ルーブル(約900億円)とされており、うち約半分が連邦政府からの出資となっている。

北方四島に関して言えば、発電所の建設や空港整備、幼稚園の建設から教会の建設に至るまで、様々なインフラ整備がこの計画の枠内で行われ、住民の生活は格段に改善した。

ただし、同じ北方領土と言っても、国後と択捉ではインフラ整備の度合いに若干の差が存在する。

道路を例に取ると、国後ではまだ舗装道路は市内の中心部などに限られているのに対し、択捉ではかなり舗装率が高い。また、本稿の冒頭で述べた温泉施設や、スポーツ施設、ショッピングセンター(建設中)など、明らかに国後に比べてインフラが充実していた。また、択捉島には北方領土で唯一のホテルが存在し、ロシア本土などからの観光客の受け入れも始まっている。

ギドロストロイの水産加工工場。設備は非常に充実していた
ギドロストロイの水産加工工場。設備は非常に充実していた

択捉島のインフラ整備が比較的充実しているのは、水産会社「ギドロストロイ」の存在によるところが大きい。ギドロストロイはサハリンに本社を置く水産会社で、サハリンに1つ、択捉に2つ、色丹島に1つの水産加工場を保有している。社長のベルホフスキー氏は元軍人で、2012年には上院議員に選出された。このギドロストロイの強力な経済力と政治力が、択捉島の経済を支えているのだ。

筆者がギドロストロイのレイドヴォ工場(別飛村)を訪問した際に受けた説明では、択捉島内では常時350人が働いており、サケ・マス漁の最盛期には島の内外から臨時工を雇い入れて1000人体制になるという。北方領土の経済にとって、この雇用は大きい。さらにギドロストロイは建設部門も有しており、択捉島に建設中に新空港など、インフラ整備(とそれに伴う雇用)の面でも有力な存在だ。

温泉施設の外観。ギドロストロイ社の「GS」マークが入っている
温泉施設の外観。ギドロストロイ社の「GS」マークが入っている

種を明かせば、本稿冒頭で触れた温泉というのもギドロストロイ社が整備して住民に無料で提供しているものだし、前述のスポーツ施設も元は社長のベルホフスキー氏が趣味のテニスを楽しむために作ったものを住民に提供しているのだという。

依然として北方領土は連邦政府の支援に頼るところは大きいにせよ、すでにこうした自立的な産業が生まれつつあること自体は注目すべき状況と言えよう。

さらに今後、ロシア政府はクリル発展計画の第二段階で観光客の呼び込みを計画しており、これが本格化すれば北方領土の自律性はさらに高まる。

北方領土唯一のホテル。択捉島の日本人墓地のすぐそばにある
北方領土唯一のホテル。択捉島の日本人墓地のすぐそばにある

すでにホテルが建設されて営業していることは前述の通りだし(筆者と別行動したグループの中には、このホテルで現地からのもてなしを受けたグループもあった)、博物館にはクリル諸島への観光を呼びかけるポスターも貼られていた。

また、港の埠頭には「税関区域」の表示があるほか、前述の新空港も将来的に国際便の運行を考慮していると言われるなど、今後は第三国の観光客が大々的に島を訪問するようになる可能性もある。

依然として残る限界

ただし、何もかもがうまくいっているわけではない。

街中を歩いて気づいたことだが、港から見ていて新築の綺麗な建物だとおもっていたものが、街中で実際に間近に見てみると実はソ連時代の老朽建築の外板だけを張り替えたもの、というケースが極めて多かった。

島の住民に聞いてみると、これは国後にも択捉にも生コンクリートの工場がないためだという。従って新しく建物を建てるにはいちいちサハリンやウラジオストクから船便で訓クリートのブロックやパネルを運んで来ねばならず、非常に高く付くのだという。

空港建設現場。滑走路は右側に積まれたコンクリートパネルを張った構造だった
空港建設現場。滑走路は右側に積まれたコンクリートパネルを張った構造だった

また。前述した択捉島の空港だが、建設現場に行ってみると滑走路はやはりコンクリートパネルを貼り合わせたもので、一般的な大空港のように地中深くまでコンクリートを流し込んだ構造とはなっていなかった。これではロシア側の主張するような大型機による国際線運行に耐えられるとはちょっと信じがたい。実際は従来通り中型輸送機の離発着がせいぜいで、有事や非常事態発生時に大型輸送機も応急的に離着陸できる、という程度なのではないだろうか。

北方領土のインフラ整備については、思ったより進んでいるが、日本人の考えるようなレベルではない、という程度に捉えておいた方がよいように思う。

「僕、戦車乗りになる」

北方領土の印象について最後にとりあげたいのは、人の気性である。

やや珍しい客であったせいもあろうが、北方領土で出会ったロシア人はモスクワなどにくらべて気性が穏やかで素朴な人々が多かったように感じた。

特に子供達は人なつこく、日本人を見かけると、学校で習うのか「コンニチワ」と日本語で挨拶してくれる。筆者が多少ロシア語を喋ると分かると質問攻めにする子供も居たし、はにかみながら後をついてくる子供も居た。

玩具の鉄砲を持った男の子が居たので「スナイパーになるのかい」と聞くと、真剣な表情で「タンキスト(戦車乗り)のほうがいい!」と言っていたのが可笑しかった。

北方領土訪問の最終日、帰りの船に乗り込むために揺れる艀へと飛び移りながら、いつか彼が乗る戦車と陸上自衛隊が砲火を交えることなどなければいいな、という思いが頭をよぎった。

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安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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