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ブログへのアクセス規制を始めたロシア

小泉悠安全保障アナリスト

ここ数年、ロシアはネット規制に神経を尖らせている。

もともとプーチン政権は新聞・雑誌等の紙メディアに対しては比較的寛容である一方、広い国土全体に瞬時に伝わるテレビ・ラジオなどの電波メディアに対しては国家による統制を強めてきた。

これまでにほぼ全てのテレビ・ラジオが何らかの形でロシア政府の統制下に入っており、2012年には最後の独立系ラジオ局だった「モスクワのこだま(エホー・モスクヴィ)」でも有名なリベラル派ジャーナリストのベネディクトフ編集長が解任され、プーチン政権に近い人物と交代した。

一方、こうした電波メディアに比べるとインターネットの規制はこれまでさほど進んでいなかった。

たしかにFSB(連邦保安庁)は全てのインターネットプロバイダーにSORM(即時捜査手段提供システム)と呼ばれるネット監視システムをインストールさせる等してネット上の情報監視を行って来たが、都合の悪い情報をブロックするとか、SNSの使用そのものを認めないなどということはなかった。

それどころかロシア人は相当のネット好きで、プーチン政権の重要人物であるロゴージン副首相はツイ廃(一日中Twitterに入り浸っているヘビーユーザー。しかも相当の毒舌でなかなか楽しい)として有名だし、Facebookや「ロシア版Facebook」と呼ばれるV Kontakte(フ・コンタクチェ)は多くのユーザーを獲得している。

サイバー空間に神経と尖らせる情報機関

だが、プーチン政権やその権力基盤である情報機関は、サイバー空間を巡る状況をかなり真剣に懸念してきた。

中東・北アフリカで発生した「アラブの春」において、SNSが反体制運動の大きな力となったためだ。

昨今のウクライナ問題でもそうだが、ロシアはこうした体制転換の背後には西側が居り、ロシアに対して「形を変えた侵略」を仕掛けていると見なしている(このあたりはやや陰謀論じみてくるが、まったくの事実無根ということもなく、特にプーチン大統領を始めとする情報機関出身エリート達はこうした世界観を強固に持っている)。

したがって、ロシアでは最近、国家を防衛するための抑止力は単なる軍事バランスの維持では不十分であり、政治、経済、外交、情報分野まで含めた包括的な抑止力(ロシアでは「戦略的抑止力」と呼ぶ)が必要だという議論が見られるようになって来た。

筆者が別の媒体で書いたように、ロシアの情報機関がインターネット上のトラフィック監視を強めようとしていること(詳しくはこちらを参照)や、国防省が「情報空間における軍の活動概念」と呼ばれる文書を策定している背景にも、サイバーテロや外国の情報活動に対抗するのみならず、国内におけるネット言論の重要性まで視野に入れたものと考えられる。

ロシアにおけるブロガーの存在感とロシア政府の圧力

ただし、「アラブの春」の場合とロシアの場合で大きく異なるのが、ロシアではSNSだけでなくブログが果たす役割が非常に大きいということである。

日本にも有名ブロガーは数多く存在するが、ロシアの場合はlivejournalなどで専門家や弁護士、政治家、一般市民がかなり高度な内容のブログ記事をアップし、政治的な提言や政権批判を行う例が見られる。

「ブロゲル」(ブロガー)という言葉は、ロシアでは、ちょっとしたインテリ言論人という響きさえ持ちつつあるのだ。

特に2012年末、ロシア下院選挙の結果が不正であるとして大規模な反プーチン政権デモが発生した際には、反体制派弁護士アレクセイ・ナヴァリヌィ氏がブログ上で反プーチンの論陣を張り、それが各種SNSを通じて全国的に拡散されるという複合現象が発生した。

つまり、情報空間におけるロシアの「戦略的抑止」は、SNSだけでなくブログ上の言論もその重要な対象ということになる。

これに対してロシア政府は、硬軟取り混ぜた対応をとって来た。

「軟」のほうはブロガーの取り込みであり、安全保障分野では有名ブロガーを対象としたプレスツアーを開催して、北方領土の軍事基地や戦略核部隊など、かなり機微なものまで取材させている。

一方、「硬」のほうはブログに対する有名無形の様々な圧力だ。

たとえばモスクワに住んでいる筆者の知り合いから、こんな話を聞いた。

ある時期から自分のブログ(「りすりす通信 モスクワ支局」)へのアクセスが減少したことに首を傾げていたところ、ロシア国内に住んでいる別の知り合いから、「あなたのブログを見ようとすると“閲覧が制限されている”旨のメッセージが出る」と教えられたという。

その際のスクリーンショットが以下の画像で、「過激主義対策法」や「児童有害情報保護法」などの法律を根拠としてアクセスを制限すると書かれている。

画像

本当に国家がブログの閲覧をシャットアウトしはじめたのだ。

どうもロシア国内でだけのことらしいが(実際、日本に居る筆者からは問題のブログの閲覧は可能である)、筆者がロシアに住んでいた2009-2011年にはこんなことは体験したことがなく、ロシア政府によるブログ規制の強まりを如実に示す事例と言えよう。

だが、当該ブログの中身は日本人駐在員がモスクワ生活について綴っているごく平和的なもので、「過激主義」はおろか「児童に有害な情報」も含まれていない。

こんなブログの何がロシア当局の目に留まったのかはまったく不明だが、いずれにしても中国のような情報規制がロシアでもひっそりと始まりつつあることは間違いない。

消えた「warfare.ru」

また、ブログではないが、筆者が長年頼りにしていたwarfare.ruというサイトがあった。

ロシア軍は詳しい部隊編成を明らかにしていないが、このサイトは軍の機関誌『赤い星』などの断片的な情報を繋ぎ合わせてロシア軍の編成や核部隊の保有装備、司令官の名などをほぼ網羅的に明らかにしていた。

まさにオープン・インテリジェンスの鑑のような存在だったが、ある日突然閉鎖され、しばらくするとまったく無関係の格闘技のサイトに変わってしまった。

しばらくしてから管理人と称する人物がFacebook上に書き込んだところでは、ロシアの国家機密を漏らしているとして情報機関から圧力をかけられ、閉鎖に追い込まれたという。

その後、同サイトはベルギーにサーバーを移して再開したが、クリミア危機後、再び閉鎖された。

今回はFacebook上でも事情説明が無く、理由は明らかでないが、ウクライナを巡ってNATOとの緊張が高まる中で、情報機関が機微な軍事情報を隠しに掛かったことは十分に考えられよう。

さらなるブログ規制

そして4月22日、「テロ対策強化法」と呼ばれる一連の法案がロシア下院を通過した。

これは与党「統一ロシア」など4会派が合同で提出したもので、テロ対策に関してFSBの権限を拡大する法案に加え、ブログ規制に関する法案が含まれている。

法案によると、1日に3000以上のアクセスがあるブログは「マスメディア」に該当すると規定され、テレビや新聞と同様の規制が課されることになる。

具体的には、次の通りだ。

・政府のリストに当該ブログを登録すること

・ブロガーの姓とイニシャル、メールアドレスを公表すること

・根拠の無い情報を流布しないこと

・民法に違反する個人情報を流布しないこと

・児童有害情報保護法に沿って閲覧可能な年齢制限や禁止規定を設けること

・選挙や住民投票に関する法令に違反しないこと・・・等

中には頷けるものもあるにせよ、個人が解説するブログに対する規制としてはあまりにも厳しい。

しかも「根拠の無い情報」とはそもそも何であるのかもはっきりせず、政府に都合の悪い政権批判などが恣意的に禁止される恐れもある。

もちろん人権団体やブロガーはこれに対して批判を強めているが、与党をはじめとする大政党の合同提出法案であるだけに、このまま上院と大統領の昇任を得ることはほぼ確実な情勢だ。

もちろんロシアはこれを「サイバー安全保障」だと言い張るのだろうが、言論弾圧の誹りは免れ得まい。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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