Yahoo!ニュース

黒海でのロシア・NATO艦隊のつばぜり合いと露黒海艦隊の増強計画

小泉悠安全保障アナリスト

過去最多のNATO艦艇が黒海に展開

ウクライナ問題を巡り、黒海でロシアとNATOのつばぜり合いが激しさを増している。

黒海に入ったNATO艦艇(NATO)
黒海に入ったNATO艦艇(NATO)

7月8日、ロシアの国営ノーヴォスチ通信が軍事外交筋の話として伝えたところによれば、黒海には現在、米海軍のイージス艦を含むNATO艦艇が9隻展開しているという。

(詳しくはこちらの拙稿を参照

黒海でのNATO機雷戦演習「ブリーズ-2014」が行われていることに加え、ウクライナ情勢を睨んでNATO諸国が次々と戦闘艦や偵察艦を送り込んだ結果だ。

ロシアのメディアによれば、9隻ものNATO艦艇が同時に黒海に展開するのは冷戦期にもなかったことで、ロシア側は神経を尖らせている。

もちろん、これらの艦艇はウクライナ情勢への直接介入を意図したものではないし、今年の「ブリーズ」演習では毎年参加していたウクライナ(しかも2012年と2013年の演習ではウクライナ海軍総司令官が演習総指揮官を務めていた)を外すという配慮も見せている。

ロシア黒海艦隊の大増強計画

NATOが演習や艦艇の増強を始めるのとほぼ同時期(ブリーズ2014は7月4日から開始)、ロシア海軍黒海艦隊も艦艇20隻と航空機20機を動員して海上演習を開始した。

これ自体は毎年、同じ時期に実施されている定期演習であって、特段NATOを意識したものではない。規模の面でも例年に比べて特に大規模ということはなく、巡洋艦モスクワを初めとする黒海艦隊主力も参加していない(小型ミサイルコルヴェットなどが主)。このあたりはロシア側もNATO側も過度に緊張を高めないよう気を遣っている様子が窺われる。

むしろ、注目されるのは今後だ。

黒海にNATOのプレゼンスが出現する可能性をロシアが本格的に脅威視し始めたのは2008年のグルジア戦争後である。

これ以降、ロシアは、有事において「勢力圏」である黒海にNATO艦隊が展開してくる可能性を本格的に懸念するようになり、黒海艦隊の大増強を計画した。

同計画は2016年までに、

・ フリゲート6隻

・ 通常動力型潜水艦6隻

・ ミサイルコルヴェット4隻(?)

・ その他

を配備するという大変野心的なものであるが、黒海防衛の重要性の高まりと軍事予算の増加に助けられて、かなりの進展を見ている(ただしフリゲートの最終艦については就役を2017年に延期)。

これまで黒海艦隊はロシア海軍中でも最も老朽化の進んだ艦隊である上、NATO艦隊に対するA2AD(接近阻止/領域拒否)戦略上重要な潜水艦も1隻しか配備されていなかった。

しかし、今年から来年にかけて、上記の新型艦艇が続々と就役を開始する見込みであり、今後数年で黒海艦隊は大幅に強化されることになろう。

クリミア併合のもたらしたもの

だが、問題は配備先だった。

というのも、ロシア黒海艦隊の母港であるクリミア半島のセヴァストーポリはウクライナ領であり、艦艇の配備は両国の結んだ「黒海艦隊協定」によって制限を受けていたためだ。1997年に結ばれた同協定は、ソ連崩壊時にセヴァストーポリに配備されていた艦艇を引き続き配備することを認めるに過ぎず、新型艦への更新を認めていなかったのである。

これが、黒海艦隊が旧式艦隊であり続けてきた理由だ。

また、同条約では2017年までしか黒海艦隊の駐留が認められておらず、ウクライナ側の意向によってはクリミアから黒海艦隊を撤退させなければならなくなったり、最悪の場合にはその空白にNATO艦隊が進出してくることさえ真剣に懸念された。

これに対して2010年には親露派のヤヌコーヴィチ政権が成立したことで同条約は改定され、黒海艦隊は2042年まで駐留を延長することが認められた。だが、艦艇の更新については、「新型艦を配備するならばその詳細情報を開示せよ」などとウクライナが主張したことで決裂。このため、ロシアは自国領ノヴォロシースクに建設中の新基地に建造中の新型艦を配備する意向を固めていた。

ところが今年3月、ロシアが突如としてクリミアを占領し、自国に「編入」してしまったことにより、事態は大きく変化した。

法的正統性は別として、クリミア半島への実効支配を確立したロシアは黒海艦隊協定の無効を宣言し、セヴァストーポリへの艦艇配備に関する制限は撤廃されたという立場をとったためである。

クリミアに力の空白を作らないという意味でも、黒海中央部を睨むという地理的観点からも艦隊主力の母港としてはセヴァストーポリの方が望ましいことは言うまでもないため、今後、少なくとも一定数の新型艦艇はセヴァストーポリを母港とすることになろう。

実際、プーチン大統領も「ノヴォロシースクに配備予定だった艦の大部分はセヴァストーポリに配備する」と述べているほか、クリミア半島を防衛する陸上・航空兵力の整備も急ピッチで進められている。

今後のウクライナ情勢を見通すことは難しいにせよ、ロシアによるクリミアの軍事的実効支配が格段に強化されていくことは避けられなそうな情勢だ。

(本稿はWorld Security IntelligenceのWSI Weeklyを転載したものです)

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

小泉悠の最近の記事