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ロシア軍秘密演習と欧州北部で高まる危機 核危機へのエスカレートを避けよ

小泉悠安全保障アナリスト
米軍が冷戦期に開発したBGM-109Gグリフォン地上発射巡航ミサイル(国防総省)

9回目の「抜き打ち検閲」

12月16日、ロシア国防省参謀本部のカルタポフ作戦総局長は、12月5日から同10日にかけて、カリーニングラードで抜き打ち検閲が実施されていたことを明らかにした。

抜き打ち検閲(ヴニェザープナヤ・プロヴェールカ)というのは2013年からロシア軍で実施されている抜き打ち演習のことだ。

ある部隊(軍管区や艦隊など、比較的大きな単位ごと対象になる)に対して突然戦闘準備を整えるよう命令がくだり、そのまま指定されたシナリオに従って演習を実施することを求められる。もちろん、ただの演習ではなく「検閲」であるから、作戦準備状態や作戦行動の成績が悪ければ指揮官の考課に響く。

このような抜き打ち検閲は、2014年12月初頭までに実に8回も実施された。ウクライナ付近での軍事的圧力とするため、「検閲」の名目で軍事的示威行動を行ったことや、緊張の高まりに合わせて軍の訓練を強化したことなどがその背景にはあると考えられる。

ところが、冒頭のカルタポフ発言によれば、実はつい最近、その9回目が行われていたという。

これまでの抜き打ち検閲は、実施と同時にメディアなどで報道されるのが常であったが、今回は事後発表となった。その理由はなんだろうか。

異例の秘密演習の中身

カルタポフ作戦総局長によると、この抜き打ち検閲はバルト海に面したロシアの飛び地カリーニングラードで実施され、人員約9000名、戦車約250両、艦船55隻、火砲約100門などが動員されたという。参加部隊は、ミサイル部隊、砲兵、空挺部隊、海軍歩兵部隊、航空機・ヘリコプター、黒海艦隊などのほか、偵察、通信、兵站など多岐に及び、軍管区レベルの大演習といってよい規模だ。

しかもこの抜き打ち検閲には、本土の西部軍管区から「イスカンデル-M」戦術弾道ミサイルが参加した。

以前の拙稿でも紹介したように、カリーニングラードに配備されれば東欧諸国の一部を射程に収めるとして懸念されているミサイルだ。以前、ドイツ誌が、すでにカリーニングラードにこのミサイルが配備されたと指摘して話題になったが、今回の抜き打ち検閲では「本土から展開」という形を取ったところを見ると、まだカリーニングラードへは配備されていないのかもしれない(もちろん、そのような誤解を狙ったディスインフォメーションである可能性も排除できないが)。

イスカンデル-Mの展開を含む演習の模様は、ロシア国営テレビ局「第1チャンネル」が特集している。

だが、ウクライナ情勢を巡る緊張が欧州北部にも及び、バルト海周辺ではロシア軍機の活動活発化に対してNATOが懸念を募らせている状況下で、問題のミサイルが初めてカリーニングラードに展開されたことのインパクトは大きい。

さらにイスカンデルは戦術弾道ミサイルだけではなく長距離巡航ミサイルの発射プラットフォームとしても使用できることが知られており、その場合、射程は1987年のINF(中距離核戦力)禁止条約が禁じる500km以上、場合によっては2000km級にも及ぶ可能性がある。欧州全域を射程に収める射程であり、上記の動画にも問題の巡航ミサイル発射シーン(1分59秒頃から)がはっきり映っている(イスカンデルの巡航ミサイル型についてはこちらの拙稿を参照。WSI DAILY 2014/7/29参照)。

また、それを大々的に広報するのではなく、後になってから「実はそうだった」と発表してみせた背景には、いつでも西側の裏をかける、という挑発的なニュアンスも感じられる。

たとえばロシアのタカ派軍事専門家として知られるイーゴリ・コロトチェンコは、国営第1チャンネルで次のようにNATOを皮肉っている。

まず、最初に指摘したいのは、ロシア軍は実戦的な軍隊であり、非常に良好な状態にあるということだ。そしてもっとも重要なのは、このような演習を、NATOや米国が後から既成事実として知るほかないような形で実施できる能力があるということだ。私が思うに、これは大騒ぎになるだろう。世界で最も強力な衛星・電波偵察手段を持つ米国やNATOの諜報機関でさえカリーニングラードにイスカンデルが現れた事実を見過ごしていたことで、制服組の連中は責任を追及され、何人かの首が飛ぶことになるだろう。

出典:ロシア第1チャンネル

NATOは本当に「裏をかかれた」のか?

しかし、本当にNATOはロシアの行動に気付いていなかったのだろうか。

コロトチェンコが言うように米国は世界最強の偵察システムを保有しており、特にロシア軍の動きは、昨今、最重要の監視対象となっていると思われる。ロシア軍の大規模な演習行動や、戦術ミサイル部隊の長距離移動などがあれば、少なくとも全く何の兆候もキャッチしていないということは考えにくい。

実際、NATOは抜き打ち検閲が始まる前から、欧州全域でロシア軍機の活動が活発化していることに警鐘を鳴らしていた。

(2014.12.19追記)

以下は、オランダ空軍のF-16が、カリーニングラードへの演習に向かうロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機を撮影したものである。

このように、NATO諸国はカリーニングラードでの演習動向を逐一追跡していたものと思われる。

さらに抜き打ち検閲終了後の12月12日には、スウェーデン南部上空で、ロシア軍機と民間機が衝突寸前のニアミス状態であったと同国国防省が発表した。これによると、異常接近を受けたのはコペンハーゲン空港を離陸した直後の旅客機で、ロシア軍機はトランスポンダを切って接近してきたという。

ロシア国防省によるツイート
ロシア国防省によるツイート

一方、ロシア国防省は最近開設したTwitterアカウント(@mod_russia)上で、

・バルト海をロシア軍機が飛行していたのは事実だが、異常接近はしていない

・ロシア軍機と問題の民間機の間には、NATOのRC-135偵察機が居た

と主張している。RC-135はバージョンによってさまざまな違いがあるが、電波情報・信号情報などを収集する電子偵察機である。

ロシア国防省が全くのでたらめを言っているのでないと仮定した場合(その可能性は依然排除できないのだが)、ロシア空軍は米国の偵察機(または米国の偵察機とロシア側が誤認した機体)をインターセプトしようとしていた可能性がある。この時期には抜き打ち検閲は終了していたが、たとえば本土へ引き上げる部隊への偵察や、抜き打ち検閲前後の状態の比較などのため、依然として米軍の偵察機がバルト海に張り付いていた可能性は高い。

RC-135リベットジョイント偵察機
RC-135リベットジョイント偵察機

12月16日にロシア空軍のボンダレフ総司令官が述べたところによると、NATOはバルト海及びバレンツ海周辺での偵察飛行を活発化させており、ロシア空軍が2013年に探知したRC-135の飛行は22回に過ぎなかったのに対し、2014年は既に140回以上も実施されているという。さらに欧州諸国が実施している小型偵察機や対潜哨戒機による偵察活動を含めると、週に8-12回の偵察飛行が実施されていると同総司令官は述べている。

いかにマスキローフカ(偽装)がロシア軍のお家芸とは言え、この監視体制下で大規模演習の事実そのものを気取られないというのは不可能である。ただし、イスカンデル-Mの展開にまでは本当に気付いていなかった、という可能性は考えられよう。

バルトの緊張はどこまでエスカレートするか

奇妙なのは、ウクライナで再停戦が成立し、ケリー米国務長官も「建設的な動きが見られる」と評価するなど、ウクライナ情勢自体がやや緩和の兆しを見せている中でこうした事態が発生していることだ。

もともとバルト方面での軍事的緊張はウクライナ情勢と連動して高まってきたものだが、いまやウクライナ情勢に対する独立変数として駆動しているようにも見える。

ウクライナは「火種」に過ぎず、それが欧州北部まで飛び火したために、「火種」のほうが消えかかっても(いや、消えかかったなどと言える状況でも決してないのだが)、延焼先まで一緒に消えてくれるわけではない、といったところだろうか。

では、この軍事的緊張はどこまでエスカレートするのだろうか。

バルト三国やポーランドは歴史的経緯から強烈な対ロ脅威認識を持っており、仮にウクライナ情勢が収束しても、相当期間、ロシアに対する警戒的な姿勢を崩さないだろう。特にバルト三国は、ロシア正規軍による軍事的圧力だけでなく、国内にいる多数のロシア系住民をロシアが焚き付け、ウクライナのドンバスで行っているような「ハイブリッド戦争」を仕掛けてくる可能性を強く警戒している。

あるいは、今回のカリーニングラード抜き打ち検閲が、本当にNATOが全く気付かないまま実施されていたのだとすれば、クリミア半島占拠時のようにロシア軍精鋭部隊がほぼ無血で一瞬のうちに国土を席巻するという事態さえ想起される(現実には、国土の広さ、期待し得る住民の協力度などから言ってクリミア並みの鮮やかさはそう期待できるものではないが)。

核危機へ発展する可能性も

一方、米国は、欧州への核戦力配備を見直しつつある。冷戦後、米国では、万一に備えて欧州に配備していた戦術核兵器をそろそろ撤退させてもよいのではないかとの議論が繰り返されてきた。しかし、ロシアの核不拡散専門家ニコライ・ソーコフが言うように、ウクライナ危機によって、戦術核配備に関する議論は「はっきりと終わった」(Nikolai Sokov, “The ‘return’ of nuclear weapons,” Open Democracy. 28.11.2014)。要するに、ロシアの脅威を改めて目の当たりにした結果、少なくとも戦術核兵器の撤退は選択肢から消え、さらには現行の自由落下型核爆弾B61-11を精密誘導核爆弾化するB61-12計画にも弾みがつくことになろう。

さらにウクライナ危機と同時並行で、ロシアがINF禁止条約に違反しているとの疑惑が浮上してきた。本稿冒頭で触れたイスカンデル-Mに加え、ロシアがICBM(大陸間弾道ミサイル)として開発中のRS-26も事実上はIRBM(中距離弾道ミサイル)ではないかとの疑惑が持たれている。

これに対して米国内では、ロシアに対抗して米国もINFを配備すべきであるという声が上がるようになってきた。

今年12月、ロシアのINF禁止条約違反疑惑に関して開催された上下院合同の公聴会において、米国防総省のブライアン・マケオン次官補は、このままロシアが強硬な核戦力整備を続けるのであれば、米国も欧州に地上発射型巡航ミサイルを配備することになろうと述べた。

米国務省で軍縮・不拡散を担当するローズ・ゴッテモラー次官補も、同じ公聴会の場において、米国政府は「(INF条約違反疑惑に関する)ロシアの返答を永久に待っているわけにはいかない」として、幾つかの「対抗策」が策定済みであると証言した。その中には、マケオン次官補が述べたような地上発射型巡航ミサイルの配備が含まれている可能性もある。

GLCM地上発射巡航ミサイルの試験発射シーン
GLCM地上発射巡航ミサイルの試験発射シーン

米国は1980年代、SS-20などのソ連のINFに対抗するため、トマホーク巡航ミサイルの地上発射型(GLCM)を欧州に配備することを検討したことがある。だが、当時、INFが問題視されたのは、それが米ソの核戦争には至らないまま欧州戦域のみで核戦争を可能とする、いわゆる「限定核戦争」の危険を高めると考えられたためであった。

実際にはINF禁止条約によってソ連はSS-20その他を全廃し、米国もGLCMなどの配備を取りやめたことでこの危機は去ったが、昨今の米露の動きは当時の危機を再現しかねないものである。

むろん、ロシアはINF条約違反について透明性の高い回答を行うべきだが、米国もまた、安易な「対抗手段」を振りかざすべきではあるまい。ウクライナ危機を経てもまだ、欧州全体で見れば、せいぜい軍事的緊張が高まっているというレベルに事態は留まっている。それを本格的な軍事的対立にまでエスカレートさせないよう、米露の当局者が全力を尽くすことを期待したい。

本稿はWSI COMMENTARY VOL.1 NO.5「カリーニングラードでの抜き打ち演習と欧州北部で高まる危機」に加筆の上、転載したものです。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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