Yahoo!ニュース

内戦続くシリアにロシアが軍事介入を開始?

小泉悠安全保障アナリスト
シリアで空爆を行ったとされるSu-34戦闘爆撃機の同型機(筆者撮影)

ロシア軍がシリアに?

内戦が続くシリアだが、ロシアはアサド政権側を支持し、非公式に大量の軍事援助を行ってきた。

だが、アサド政権側が苦境に陥る中、ロシアはシリア領内にロシア軍を展開させ始めたようだ。詳しくは後述するが、シリア領内で撮影されたロシア軍人やロシア製兵器(それもロシア軍しか保有していないもの)の写真が相次いで出回っており、ついにロシアがシリア情勢に直接介入し始めた可能性がある。

問題は、その介入の程度である。

これまでも紹介して来たように、ロシアはシリアに対して大量の軍事援助を実施するとともに、現地ではロシアの情報機関が活発な活動を実施している(特にロシア軍参謀本部情報総局は南西部ダルアー県にシリアの情報機関と合同で電子偵察拠点「ツェントル-S」まで保有していたが、2014年に自由シリア軍に奪取された)。

プーチン大統領は、ロシアがアサド政権に対して武器や訓練の提供を行っていることを認めつつ、直接的な軍事介入は「時期尚早」であると述べている。ただし、将来的にはその可能性もある、とプーチン大統領は付け加えているが、筆者は、すでにロシアが既に直接介入(その程度には問題があるが)に踏み切っている可能性が有力であると考える。

以下、順を追って見て行こう。

「もう一度!もう一度だ!」

ロシア軍の戦闘部隊がシリアに展開しているのではないかとの疑惑が持たれるきっかけになったのは、8月23日にYoutubeに投稿された以下の動画である。アサド政権側によって撮影されたもので、シリア北部ラタキアでの戦闘の模様が収められているが、その随所にロシア軍しか保有していないBTR-82A装甲兵員輸送車が映っている。

しかも2分目付近で兵士達が戦闘を行うシーンでは、ロシア語で「投げろ!」「もう一度!もう一度だ!」という声まで聴こえる(戦闘中で音声が悪いが、Youtubeにコメントを寄せているロシア人ユーザー達の意見は大体一致しているようだ)。

モスクワ市内を走るBTR-82A。特徴的な30mm機関砲塔が映像と一致する
モスクワ市内を走るBTR-82A。特徴的な30mm機関砲塔が映像と一致する

ちなみにBTR-82Aはロシア軍でも配備が始まったばかりの最新型で、現在は一部の精鋭部隊にしか配備されていない。

ウクライナの反露的団体がその配備状況と車体の番号、迷彩パターンなどを付き合わせたところ、モスクワ州に駐屯する第27独立自動車化歩兵旅団の所属車両ではないかと結論しているが、息子を徴兵に送っている兵士達の母親が集まるネットフォーラムでは、奇しくも同旅団内で「シリアに3-4ヶ月派遣される」との噂が流れていたことが確認されている(上記リンクを参照)。

ミツバチとカモノハシ

続いて話題になったのが、9月2日、Twitter上に投稿された一連のロシア軍用機の画像だった。画像が極めて粗いものの、Su-34戦闘爆撃機やプチェラ-T無人偵察機らしきものが写っている。

@green_lemonnnに投稿されたSu-34とされる写真
@green_lemonnnに投稿されたSu-34とされる写真

筆者が撮影したSu-34。大型の垂直尾翼や長い機尾など特徴が一致する
筆者が撮影したSu-34。大型の垂直尾翼や長い機尾など特徴が一致する

Su-34はロシア軍への配備が進む最新鋭戦闘爆撃機で、扁平な機首の形状からカモノハシと通称される。一方、プチェラ-Tの「プチェラ」とはミツバチの意で、偵察や着弾観測を任務としている。いずれもロシア軍にしか配備されておらず、本当にシリア上空で撮影されたなら、やはりロシアによる介入の有力な証拠となる(ただしロシア製無人機自体は以前からシリア上空で目撃されていた)。

前述のアカウントによれば、これらの画像は政府軍とヌスラ戦線の間で激しい戦闘が行われていたイドリブ上空で撮影されたものという。前述のラタキアから北東に数十kmほど内陸に入った場所だ。

この主張が事実であることを裏付けるものは今のところない。

しかし、その2日前の8月31日、イスラエルの『Yネット・ニュース』は、シリアにロシア空軍部隊が到着し、間もなく作戦行動を開始する見込みだという西側外交筋の談話を紹介していた。同紙はまた、イラン革命防衛隊の特殊部隊「クッズ」のソレイマニ司令官が最近訪露したことに触れ、この際にロシアとイランが全力を挙げてアサド政権を支援する方針を固めたと論じている。

同日、ロシアの大手ニュースサービス『Lenta.ru』は、イスラエル国防省筋の談話としてシリアへのロシア空軍の展開は事実であると報じた。また、さらなる追加部隊の配備が見込まれるともした。

これに関連して9月4日付米『ニューヨーク・タイムズ』は、ロシアがラタキア空港に多数のプレハブ建築や移動式航空管制システムを搬入したことを報じている。同紙によるとこれらの施設は1000人規模の人員を収容できるといい、前述したロシア航空部隊の基地である可能性が高い。同紙は、ロシアの軍用機が領空を通過することを許可するようシリアの隣接国に対してロシア政府が要請を出したことも明らかにしている(要請を受けた国は不明)。

迎撃戦闘機を供与?

8月半ばには、ロシアがシリアにMiG-31迎撃戦闘機6機を供与したとトルコのメディアが報じ、ロシア政府がこれを否定するという一幕もあった。シリア内戦の勃発前、ロシアは実際にシリアとの間でMiG-31の輸出契約を結んでいたが、内戦で履行は凍結されている。

長い行動半径と低空目標攻撃能力、多目標同時処理能力などを有するMiG-31は、同時期に供与が取り沙汰されていたS-300防空システムとともにイスラエルの空爆に対する強力な牽制球と見なされていた。さらにMiG-31の購入資金は実はイランが出していたという情報もあり、事実であればイランが同盟国シリアの防空能力をかさ上げすることで自国の盾とする思惑もあったと見られる。

ここでも、シリア情勢を巡るロシア、シリア、イランの密接な絡み合いが見て取れるが、8月の報道の真偽は未だに明らかになっていない。

「再びシリアへ」

VKに投稿された写真「再びシリアへ」
VKに投稿された写真「再びシリアへ」

9月4日には、ロシアの大手SNS「フ・コンタクチェ(VK)」に「再びシリアへ」と題された写真が投稿された。

これはラタキアの南方にあるタルトゥース港で撮影されたもので、軍用トラックを満載した輸送艦の甲板、降り立った兵士で溢れる埠頭、奥に駐車する装甲車などが見て取れる。

甲板の構造上の特徴から、8月に出港した黒海艦隊の輸送艦ニコライ・フィルチェンコフと見られ、搭載されているのはクリミア半島に駐留するロシア海軍第810海軍歩兵旅団の兵士達であるようだ(これも兵士達のSNS投稿や車両に描かれているマーク等から確認できる)。

タルトゥースにはロシア海軍が旧ソ連圏外に持つ唯一の拠点である第720物資装備補給拠点(720PMTO)が設置されており、ロシア海軍の軍艦が入港すること自体は決して珍しくない。特にシリア紛争勃発以降、ロシア海軍は頻繁に輸送艦を寄港させ、アサド政権に武器や弾薬を供給していると見られる。写真のタイトルが「再びシリアへ」なのもそういうことだろう。

だが、720PMTOの運営自体は現在、全て軍属の民間人によって行われているとされ、これほど多数のロシア軍人が展開するのは異例である。

ラタキア防衛でロシアの関与増大 衛星情報の提供も

これまで見たように、ロシアの軍事的関与はラタキア県周辺に集中している。

アサド一族の出身地であり、トルコにも近いラタキアは戦略的な重要性が高く、前述したテル・アル・ハラ山と並んでロシア軍参謀本部情報総局が電子情報収集拠点を設けているとも言われる。

今年に入ってから、ラタキアに隣接するイドリブを反体制派武装勢力が制圧したのに続き、ラタキアにも陥落の危機が迫っていることから、この要地を固守すべくロシアが介入に踏み切ったものと考えられよう。

ちなみに冒頭の動画が公開された後の8月26日、アサド政権寄りのシリア紙『アル・ワタン』は、「ここ数週間でロシアの軍事顧問団多数がダマスカス入りした」と伝えるとともに、同顧問団がラタキア県の沿岸都市ジャブラに物資補給拠点を建設することを計画していると報じた。

ジャブラはラタキアの南方25kmほどに位置し、既存のタルトゥースよりも補給が容易になるメリットを見込んでいると見られる。 

『アル・ワタン』紙の情報でもう一点重要なのは、ロシアが衛星画像の提供を開始したと述べている点である。

同紙によるとアサド政権は過去5年間、衛星画像の提供をロシアに要請し続けて来たが、最近になってロシアがようやくこれに応じたという。

ロシアの思惑と今後

以上のように、断片的な情報を繋ぎ合わせて行くと、ロシアは少なくとも8月頃からシリアに軍を投入し始め、おそらくは戦闘行動も展開していたと思われる。

現在では地中海に面したラタキアとタルトゥースを拠点に陸・空兵力を展開させ、トルコ国境に近いイドリブにまで空爆を実施している可能性がある。

ひとまず以上が事実であると仮定して、問題は、その意図と程度である。

アサド政権が劣勢を深めていることや、トルコがISへの空爆に踏み切ったこと、ISに対抗するためにアサド政権を含めた対IS同盟を結成するとのロシアの提案がサウジアラビアに受け入れられなかったことなど、いくつか要因は考えられよう。

イラン核合意によってイランに対するロシアの影響力が低下するとの懸念も何らかの影響を及ぼしていたかもしれないし、シリア情勢に関してロシアが大きな役割を果たすことにより、アサド政権降ろしを牽制しながら米国に対するレバレッジとする、という戦略も考えられる。

ただ、すでにウクライナで紛争に片足を突っ込んでいるロシアがシリアに大規模な軍事介入を行う可能性は低いのではないか。たとえばイランはイラクやシリアにクッズ部隊を軍事顧問として送り込み、訓練や調整に当たらせる一方、散発的な空爆による地上部隊の支援や航空偵察の提供等を行っている。シリアでは地上戦にもクッズ部隊が参加しているようだが、その規模はあまり大きくない。

ロシアが狙っているのも、こうした規模の軍事介入ではないかと思われる。

ウクライナで戦場に投入されているロシア軍は、特殊部隊等を除くと、多くが現役兵士の中から志願者を募って傭兵として送り込むという形式を取っており、タルトゥースに送り込まれた海軍歩兵部隊のように現役部隊をそのまま送り込むということはしていない。とすると、前述の海軍歩兵部隊はタルトゥース基地やラタキアのロシア空軍部隊の警備など非攻勢的任務のために送り込まれた可能性が高いが、一方、戦場でもロシア語を話す兵士が目撃されているところを見ると、少数の特殊部隊ないし傭兵も送り込まれているのだろう。

このような、小規模な空爆と小規模の非正規地上戦力の組み合わせが、ロシアによる対シリア軍事介入の概要であると思われる。

関連記事

イラン、シリア、中国まで 活発化するロシアの「防空システム外交」を読み解く

シリアと米国の狭間で苦悩するロシア

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

小泉悠の最近の記事