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ロシアが北方領土に最新鋭ミサイルを配備 領土交渉への影響は

小泉悠安全保障アナリスト
国後島に配備されたのと同じバール地対艦ミサイル

北方領土に最新鋭ミサイルを配備

11月22日、ロシア太平洋艦隊の機関紙『ヴォエバヤ・ヴァーフタ(戦闘当直)』は、千島列島の択捉島で最新鋭の地対艦ミサイル「バスチョン」が実戦配備に就いており、国後島にも同じく新型の地対艦ミサイル「バール」が移送されてきたと明らかにした。

国後及び択捉といえば、現在の日露関係において焦点となっている北方領土の一部であり、しかもプーチン大統領の訪問を前にして、領土交渉の今後が大きく期待されてもいる。こうした中で北方領土に配備されたこれらのミサイルはどのようなものなのか、従来と比べてどの程度の変化となるのか、そしてロシア側の狙いは何であるのか。本稿ではこれらの点について考えてみたい。

「城塞」と「舞踏会」

択捉島に配備されたバスチョン地対艦ミサイル・システム(左側が移動式発射機)
択捉島に配備されたバスチョン地対艦ミサイル・システム(左側が移動式発射機)

まずは配備されたミサイルそのものについて簡単に触れておこう。

択捉島に配備されたバスチョンというのは「城塞」の意味で、移動式の発射装置からP-800「ヤホント」超音速巡航ミサイルを発射できる。本来は敵の艦船を攻撃することを目的としたミサイルだが、今月半ばにロシアがシリア空爆を再開した際には、同じバスチョンをシリアに展開させ、対地攻撃モードで発射したことが知られている。射程は飛行モードによって異なるものの(超低空飛行を行うかどうかなど)、最大で300kmに達する。

国後島に配備されたバール地対艦ミサイル・システム
国後島に配備されたバール地対艦ミサイル・システム

一方のバール(舞踏会)は同じく移動式の地対艦ミサイル・システムだが、発射されるKh-35ミサイルは音速以下の速度で飛行し、射程も130km程度と性格が大きく異なる。当然、ミサイルはより軽く小さく済むため、比較的多数を配備しやすい(たとえばバスチョンだと移動式発射機1両に搭載できるミサイルは2-3発(通常は2発)だが、バールは8発も搭載できる)。

それにしてもミサイルに「舞踏会」とは変わったネーミングだが、ロシア語には「状況があまりにもめまぐるしく変わる」という意味で「船を降りたら舞踏会に出る」という言い回しがあるので、それに引っ掛けたのかもしれない。

国後島への対艦ミサイル配備は初

では、両ミサイルの配備は、どれだけのインパクトを持つものなのだろうか。

北方領土に対艦ミサイルが配備されるのはこれが初めてというわけではなく、従来から択捉島には旧式の「リドゥート」地対艦ミサイルが少数ながら配備されていた。ほかにも千島列島内ではシムシル島にもリドゥートが配備されており、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)のパトロール海域であるオホーツク海を防衛する役割を果たしてきた。この意味では、択捉島のバスチョンは従来から存在するミサイルの代替ということになる。配備された部隊は「中隊の増強を受けた大隊」とのことなので、少なくとも移動式発射機4両ないしそれ以上を含むと考えられよう。さらにもう1個大隊が編成中とされるため、シムシルにもバスチョンが配備される可能性もある。

一方、国後島にはこれまで対艦ミサイルが配備されたことはなかった。日本により近い国後島は、有事に真っ先に侵攻を受ける可能性があったためだと思われる。従来から国後のソ連/ロシア軍は地上部隊を中心とし、その後方に控える択捉が戦闘機部隊(ソ連崩壊後に撤退)や地対艦ミサイルの基地になるという役割分担であった。

もっとも、バールは前述のように射程の比較的短いミサイルであるので、その配備も国後島自体の防衛体制強化を念頭に置いたものと考えよう。こちらも部隊の規模は1個増強大隊とされているが、フル編成ならば64発ものミサイルを装備していることになる。

一方、射程の長いバスチョンは、千島列島南部を広くカバーすることになろう(ミサイルの射程が300kmなので、差し渡し600kmをカバーできることになる)。

以下の図は、択捉島とシムシル島にバスチョン、国後島にバールが配備された場合のカバー範囲を大雑把に示したものである(青い円がバスチョン、茶色がバール)。

バスチョン及びバールのカバー範囲
バスチョン及びバールのカバー範囲

ロシアの思惑は

以上の動きがプーチン大統領の訪日を控えたこのタイミングで公表されたことは偶然ではあるまい。ただし、ロシアの行動を全て「対日牽制」という観点から理解しようとすることもまた避けるべきである。

ロシア全土に視野を広げてみると、ロシア軍は2008年のグルジア戦争後から黒海周辺に新型水上艦、潜水艦、地対艦ミサイル、航空機、防空システム、電子妨害システムなどを配備し、有事に西側が容易に介入し得ない領域を作り出そうとしてきた。バルト海、北極海、最近では東地中海でもこうした動きが見られる。

オホーツク海においても、太平洋艦隊の主要拠点であるウラジオストク周辺やカムチャッカ半島のペトロパブロフスク(原潜基地がある)周辺ではこうした能力の構築がすでにある程度進んでおり、それが千島列島の南端である北方領土にまで及んできたと理解したほうがよい。

ロシアは近年、太平洋艦隊への新型SSBN配備を進めており、そのパトロール海域であるオホーツク海の防衛体制もまた強化されている。また、今後、北極海航路が主要な交通ルートとなるのであれば、オホーツク海はその途上に当たる(実際、ロシア側は北太平洋と北極海については対で言及することが多い)。核抑止力と海上交通線の保護という2つの戦略的課題が重なるだけに、ロシアがオホーツク海で軍事力を強化するのは故なきことではない。

したがって、北方領土へのミサイル配備は、対日牽制のためにそれをやって見せたというより、もともと軍事的な要請にしたがって行われたものを対日牽制のためにプレイアップしたと理解した方が実態に近いだろう。

ロシアは10月にも、極東の爆撃機部隊を「基地」から「師団」に改編した際、「日本、グアム、ハワイの間をパトロールする爆撃機部隊を創設した」などと喧伝して見せた。しかし、「基地」から「師団」への改編はロシア空軍の中で進んでいる全体的な動きであり、兵力にも大きな変化があったわけではない。通常の軍事的措置を外向きに大きく宣伝してみせるという、ロシアの常套手段と言ってよい。

今後予想されるロシアの動き

プーチン大統領の訪日を前にして、この種のプレイアップは今後も続くだろう。

『ヴォエバヤ・ヴァーフタ』によると、択捉島に配備されたバスチョン配備部隊は近く一連のミサイル発射訓練を実施すべく準備を整えている最中であるという。そこにミサイル部隊が配備されている以上、発射訓練が行われること自体はおかしなことではないにせよ、プーチン大統領の訪日前にこうした訓練のタイミングを合わせるなどの動きをロシア側が示してくる可能性は十分に考えられる。

特にロシアは、歯舞・色丹を引き渡した場合のオホーツク海防衛を懸念し、両島を日米安全保障条約の適用外にするよう要求しているとも伝えられる。北方領土の軍事力強化をアピールすることは、領土交渉に付随する安全保障面の要求を飲ませる材料、という側面もあろう。

たとえばロシアを代表する日本専門家であるイーゴリ・ストレリツォフ国際関係大学教授は、「日本と隣接している以上、北方領土(のうち、ロシアに残る島々)の非軍事化など考えられない」と有力紙『ガゼータ』に述べているが、たとえ領土交渉を進めるにしても安全保障上の妥協はしたくないというのがロシア側の思惑であろう。

しかし、牽制は牽制以上のものではなく、これらの新型ミサイル配備によっても北方領土周辺の軍事バランスが著しく崩れるというものではない。来る日露首脳会談においては、多少の軍事的牽制に一喜一憂することなく、日本として主張するべきところは貫いて貰いたいと願う。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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