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第2回日露防衛・外交トップ会談(2プラス2) すれ違う思惑と今後と展望

小泉悠安全保障アナリスト
握手する日露の外交・防衛閣僚(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

4年ぶりの2+2

3月20日、日露外務・防衛担当閣僚協議(2+2)が東京で開催された。

日露は2013年11月に初の2+2を東京で開催したが(「日露防衛・外交トップ会談(2プラス2) その意義と注目点」)、翌2014年にはウクライナ危機が勃発したことで第2回は開催できずにいた。

現場レベルでも海上自衛隊とロシア太平洋艦隊はほぼ毎年、合同で海上捜索救難訓練(SAREX)を実施してきたものの、これも2014年を最後に実施されてこなかった。

しかし、昨年末のプーチン大統領訪日をきっかけとして日露は再び安全保障交流を活発化させようとしており、今年1月には3年ぶりにロシア艦艇が日本を訪問。そして今回の第2回2+2へと至った。

目立つ食い違い

もっとも、日露の立場の溝を埋めることは容易ではない。

たとえば今回の2+2で日本側は東シナ海及び南シナ海での中国の活動に関する懸念を提起したが、ロシア側からは反応がなかったとされる。

もともとロシアとしてはこれらの地域に大きな利益を有している訳ではなく、中国の海洋進出問題やそれに伴う領土問題からはなるべく距離を置く政策を取ってきた。

さらにウクライナ危機後にはやや中国寄りの姿勢さえ見せるようになっており(それでも完全に中国に同調することは避けている)、東シナ海及び南シナ海での合同演習も2014年と2016年に実施した。

安倍政権としては領土問題だけでなく中国の拡張主義を牽制する観点からも対露政策を重視していると伝えられ、「「2プラス2で対中認識を共有したい」(外務省幹部)との思惑があった」とされる(『讀賣新聞』3月21日)。

しかし、以上のようにロシアが中国への傾斜を強めつつあるなかでは、最初から難しかったと見るべきであろう。

『産経新聞』は「日本側としては、中国と戦略的パートナーシップを結ぶロシアが「中国一辺倒にならないようにしなければならない」という政府高官の発言を伝えているが(『産経新聞』3月21日)、実際に望みうるのはせいぜいこの程度(日中間におけるロシアの中立)でしかない。

ちなみにこの記事で『産経新聞』は「ロシアは自国の「裏庭」と位置づける北極海航路に中国が進出していることを警戒している。」としており、これは事実ではある。

これに加えてロシアは中央アジアへの中国の進出など様々な側面で中国を警戒してもいるが、ロシアはそれ以上に、中国と明示的な敵対関係に陥ることを警戒している。

中ソ対立当時のように長大な国境で中国と武装対峙する事態の再来はロシアにとっては軍事的悪夢であり、そのような事態を避けることこそが最大の安全保障であるということになる。この意味でも「対中牽制」という側面からロシアに過大に期待すべきではないだろう。

また、今回の2+2では北朝鮮の核・ミサイル開発を非難することで日露の立場が一致する一方、これに対抗するために配備されている在日米軍のミサイル防衛システムを「均衡が取れていない」「戦略的安定性を毀損する」などとロシアが批判し、ここでも食い違いが目立った。

北方領土の軍事力強化

国後島に配備されたバール地対艦ミサイル(ロシア国防省)
国後島に配備されたバール地対艦ミサイル(ロシア国防省)

2+2では、日本側から北方領土でのロシアの軍事力強化に関する質問が出たとされる。

これは2月にショイグ国防相がロシア議会で証言した際、クリル諸島(北方領土と千島列島を含めたロシア側の呼び方)に新たな師団を配備すると発言したことを受けたものである(「ロシアの「師団配備」 北方領土のロシア軍は増強されるのか」)。

これに対するショイグ国防相からの返答は次のようなものであった(タス通信、3月20日)。

「問題の師団(単数形)は過去6年にわたってロシア連邦の3つの構成主体で編成されてきた。それはサハリン州、沿海州、アムール州である」

「(師団は)誰かに対抗するために編成されているのではなく、もっぱらロシア連邦の領域を保護するためのものである。その国境を海からも空からも守るものである」

この発言は一見、ロシア政府の公式見解を繰り返すもののようでもあるが、反面で興味深い部分も含んでいる。

ショイグ国防相は「師団」を単数形で用いており、それがサハリン州、沿海州、アムール州の3州にまたがって配備されることを示しているためである。また、それは海空の脅威に対抗するものであることも示唆している。

このようにしてみると、ロシアが「クリル諸島」に配備するとしている師団は通常の陸軍の師団ではない(タス通信も「新たな師団がロシア軍の如何なる軍種又は兵科であるのかを明らかにしなかった」としている)。

おそらく防空部隊や地対艦ミサイル部隊を統合して運用するような部隊を指しているのではないか。

ただ、上記の拙稿でも触れているが、ロシアはこうしたA2/AD(接近阻止・領域拒否)能力の構築を北方領土だけで進めているわけではない。

ロシアは黒海や地中海東部、さらにはバルト海で防空システムや地対艦ミサイルによるA2/AD網の構築を進めており、昨年8月には「クリル諸島の海峡部及びベーリング海峡のコントロール確保、極東及び北極海の海域における太平洋艦隊の展開ルートのカバー、海洋戦略核戦力の戦闘能力向上といった重要な課題を解決するための、沿海州から北極圏に至る統一沿岸防衛システム」の創設にショイグ国防相が言及している。

北方領土における軍事力強化についても、こうした文脈から理解する必要があろう。

まずは信頼醸成措置から

このように今回の日露2+2では議論が平行線に終わった印象が強いが、一定の進展に期待できる部分もある。

ショイグ国防相が言及した、「危険な軍事活動を防止するための日本との合意に調印する用意」はそのひとつである。

現在のところ日露は、海上及び空中での異常接近を防止するための海上事故防止協定(INCSEA)を1993年に締結しているが、それ以上の具体的な信頼醸成措置には踏み込めていない。

たとえば互いの兵力配備や演習動向を総合に通報したり、オブザーバーを入れて監視し合うといった制度(中露間やロシアと西側との間には存在する)を導入することができれば、北方領土問題をめぐって日露間に抜きがたく存在する軍事的な不信感の緩和には一定の効果が見込めよう。

ことに日本をまずもって「米国の同盟国」である観点から捉えるロシア側としては、安全保障面での信頼醸成なしに領土問題の進展はあり得ないとの見方が根強い。

プーチン大統領は昨年の訪日に先立ち「中露の国境問題解決には40年掛かった」と述べて日本側の期待をけん制したが、まずはこうした地道な努力を積み重ねることから始めるしかないのではないだろうか。

もちろん、日本としては安全保障の基礎を日米同盟に置いている以上、それを損なうものであってはならないが、すでに述べたようにこの程度の信頼醸成措置はNATOとロシアの間でも行われていることである。

ロシア側が求めているとされる、「北方領土への日米安保の不適用」のような同盟体制の根幹部分に踏み込まない限り、日本としてできることはまだ残っているといえよう。

まずは4月に予定されている安倍首相の訪露において、安全保障面でどの程度の議論が行われるのかを注視したい。

安全保障アナリスト

早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、国会図書館調査員、未来工学研究所研究員などを経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。主著に『現代ロシアの軍事戦略』(筑摩書房)、『帝国ロシアの地政学』(東京堂出版)、『軍事大国ロシア』(作品社)がある。

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