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最強バルサを支えた英雄シャビが退団。彼が拵えたサッカー芸術とは。

小宮良之スポーツライター・小説家
引退セレモニーのシャビ。(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

5月21日、バルセロナ。シャビ・エルナンデス(35才)がFCバルセロナからの退団を発表している。来年6月末までの契約を解消。カタールに家族と共に移り住み、アル・サッドに入団するという。

「難しい決断だったが、結論は出た。親しい人たちにも理解してもらえたし、去るときだと考えたんだ。今シーズンはおかげでいいシーズンが送れたけど、場所を変えるべきが来たと頭も体も言っている。まあ、気持ちはそこまでではないんだけどね」

会見でシャビは複雑な心情を吐露している―。

バルセロナの下部組織出身選手である「マシア」の薫陶を受けて育ったシャビは、1998年にトップチームでデビューを飾った後、17年間にわたってチームの屋台骨を支えてきた。

「シャビのことは、なんて讃えたらいいのか、言葉がないよ」

退団発表にあたって、バルサで共に戦ってきたアンドレス・イニエスタは胸中を語っている。

「おそらく、彼のような人物、プレーヤーは現れないだろう。数字や年月もそうだが、エモーションというのかな。言語化できるものではない部分で、彼は不世出の選手であり、バルサの柱だった。長いキャリアを通じ、彼の側でプレーできたことはこの上ない喜びで栄誉なことだと思っている」

シャビなくしてバルサなし。バルサという体を動かしていたのは、シャビという頭脳だった。

シャビのポジションはプレーメーカーである。平面のピッチに立ちながら、まるで俯瞰して周囲を見渡し、まるで"千里眼"でも用いるように、他の選手が見えないパスコースを読み取れる。中盤でボールを受けた彼は、それをいいポジションや体勢の味方に渡すことで、攻撃を活性化させる。

そのプレーの最大の持ち味は、「PAUSA」(パウサ/停止)にあるだろう。どこでプレーのテンポを上げ、落とし、停止させるのか―。緩急の変化を生み出す術を彼は心得ている。あらゆる競技に共通することだが、スピードはひたすら速いことよりも、変化を付けることでより効率的に相手を翻弄できる。単調に突っ込んでいく速さは、トップレベルでは簡単に見切られてしまう。

シャビはPAUSAを使い、魔法の呪文を唱えたように速度を高められるのだ。

ティキ・タカ(パスがテンポ良くつながる擬音語で、ショートパスの攻撃戦術を意味する)を実現できたのは、シャビの存在がすべてだった。シャビはほとんどボールを奪われない。彼を信じて各選手が攻撃ポジションを取れるからこそ、そのスタイルは成立した。何気なくターンし、ボールを前につなげているが、そもそもの話、プレッシャーを受ける中で前を向くだけでも並ではない。

「ボールは人より速く走れるし、しかも疲れ知らず。だから大切なのは、ボールを走らせることだ」

バルサの始祖とも言える伝説の指揮官、ヨハン・クライフが残した訓戒こそ、バルサのアイデンティティーであり、シャビの存在意義となっている。

近年のバルサのプレーはシャビが決定していた。彼がポジションを修正し、周りを動かし、ボールを流し込み、攻撃機会を創っていたのである。ゴールを叩き込んでいたのはリオネル・メッシだが、プレーを創造していたのはシャビだった。そのことにいつか人々は気づき、不在の在を嘆くことになるだろう。

では、シャビはリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドより優れているのか?

その手の問いは必ず向けられるものだが、益体もない。

シャビは唯一無二の存在である。彼はチームの指揮者としての有能者なのであって、彼自身が楽器を弾くのではない。指揮棒で全体のリズムを操る能力に長け、その点で世界一なのである。

いかに、シャビが特別な選手であったか?

実は多くのクラブが、バルサと同じようなポゼッションプレーを目指しているが、ほとんどが挫折している。バルサのティキ・タカは、シャビがいないクラブで再現することは不可能に近い。中盤で攻撃に切り替わる瞬間にボールを失うだけで、成立しないからだ。ポゼッションは少しでも恐怖が入り交じったら、逃げの一手になってしまう。

「勇敢な攻撃フットボールを実現する条件」

それは、絶対的な技術精度を持ったプレーメーカーなのである。

シャビはバルサのクラブ史上最多の322勝を記録し、最多のタイトルを手にしている。リーガ8度、チャンピオンズリーグ3度、コパ・デル・レイ2度、スペイン・スーパーカップ6度、UEFAスーパーカップ2度、クラブ・ワールドカップ2度と合計23タイトルを獲得(5月31日にはスペイン国王杯決勝、6月6日にはチャンピオンズリーグ決勝)。加えて、スペイン代表としてもEURO2008、EURO2012と2010年南アフリカ・ワールドカップの優勝に貢献している。

しかし彼は、輝かしい記録以上に記憶に残るプレーを見せてきた。

シャビがピッチで指揮したパスのリズムは思わず息をのむ精緻さだった。ぎりぎりで成り立っている機能美に、見ているフットボールファンは喉の奥が乾いてひりついた。成功すると、感嘆で叫び声を上げずにはいられない―。それは一つのアートだった。

「ボールをつなげるということにリスクがあることを、肝に銘じなければならない」

かつてインタビューしたとき、シャビは唇の端をあげて言った。

「たった一つのミスでボールを奪われ、失点を喫する危険もある。バルサは攻めの枚数が多いわけだから、必然的に守りは薄く、後方にはオープンスペースを与えることにもなる。最後方から丁寧にボールを前線に運び、たとえ敵が待ちかまえていても怯まずにパスを回して崩していくのは、簡単な挑戦ではないさ。だからこそ、僕らは常に勇敢でなければならない。パスのミスを誘った方が効率はいいんだろうけど、僕らは効率に目を背け、僕らは自分たち主導で攻める浪漫を追いかける。おかげで、バルサは賞賛を浴びる。難しい挑戦だけど、自分たちは恐れない。それがバルサの伝統だからね」

男はその信念を貫き通した。

後輩たちはそれを受け継げるか―。それはこれからの物語である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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