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本田圭佑を超える衝撃。Jリーグ、セカンドステージを彩る18才MF

小宮良之スポーツライター・小説家
鳥栖のMF、鎌田。(写真:田村翔/アフロスポーツ)

「皇帝」

その昔、そんな称号が冠せられたロシア人プレーヤーがいた。アレクサンダー・モストボイは、ピッチの統治者だった。

「俺のパスがなぜ通るのか? パスコースなんてもんは、たいていは塞がれているのさ。だから技術だけがあってもパスは通らない。どれだけ足が速くても、腕っぷしが強くたって役立たないね。パスコースはさ、作るんだよ。"時間を操って"な」

そのとき、皇帝モストボイが浮かべた笑みは幻惑的だった。それは叙情的な表現ではない。事実、モストボイは空間を我がものとし、時間を操れるからこそ、皇帝と呼ばれたのである。

「なぜか通るパス」

「通りそうで通らないパス」

その二つにある大きな差とはなにか?

モストボイはトラップした瞬間、相手が飛び込めない場所にボールを置くこともあるし、あえて飛び込ませてかわすコントロールをすることがあった。その点、彼はなによりもボールを支配していたし、相手選手を手のひらで転がしていた。これはボールプレーに長けた選手であれば、不可能なことではない。それだけなら、守備側は集中してブロックを保てば守りきれた。

しかし皇帝はわずかにボールを動かすだけ、あるいは体の動きを変えるだけで、人が動き出す中にパスコースを作る。実は周りと変わらない動きに見せかけ、ほんのわずかだがプレーテンポを落とし、「しっかり守れている」と守る側に錯覚を与えながらパスを通しているのだ。

「空間を作り、時間を操れる」

そうした選手は稀である。だからこそ、モストボイは皇帝と呼ばれた。ボール扱いが上手い選手、などどこにでもいる選手と一緒くたにすべきではなく、なにもないところからでもなにかを生み出せるという点で、"フットボールの創造主"としての才能と言えるだろう。

筆者は星稜時代の本田圭佑に、似た面影を垣間見たことがある。しかし本田はモストボイと比べてしまうと、多分に単純な力に頼るところがあった。あるいは心理的な強靱さで才能を焦がすほどに燃やしていた。

「歩くように走る」と言われるアンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデス、ルカ・モドリッチ、アンドレア・ピルロというボールプレーの創造主たちの自然体とは、同列に並べない。

しかしJリーグ第12節の名古屋グランパス対サガン鳥栖という一戦、アディショナルタイムだった。

鳥栖の18才MF、鎌田大地は平然と空間を作り、時間を操っていた。

終盤、豊田陽平が落としたボールを一度左のスペースへと正確にコントロールした後、鎌田はディフェンダーの体の向きを一斉に引き寄せている。その刹那、体を捻るようにして右中央に左足でパスを通し、走り込んだ豊田の得点を演出した。鎌田は走力は使っていないが、誰よりも速かった。プレーインテリジェンスで相手の裏を取っていることで誰もついていけず、身体的に優れた名古屋のディフェンダーを"血祭り"にあげたのだ。

鎌田から見て左サイドには、フリーでポジションを取った選手がいた。選択肢としてはそっちが有力に見えたが、それは誘いだった。名古屋のディフェンダーは手玉に取られていた。鎌田は自らのタイミングでパスコースを作り出し、時間を操り、アシストを決めたのである。

その才能の凄絶さは、このワンプレーで十分だった。

第13節の川崎フロンターレ戦でも、鎌田は途中出場して得点をアシストしている。彼はいくつかある選択肢の中で、ほとんど必ず最善の判断ができる。流れゆく局面の中、最高の選択を作り出す。それはパサーという限定した能力ではない。シュートを打つべきときはシュートを選択し、実際に精度の高いシュートを打ち込んでいる。実は守備センスにも優れる。相手の間合いが読み取れるから、取り所を心得ているのだ。

「今日もあのミドルが入っていれば、スターでしたね」

川崎戦後、日本代表FWの豊田陽平は鎌田について証言している。

「(鎌田)大地は不思議とパスが通るんですよ。間合いがいいというか。だから、何度も動き直してもらうようにしています。彼はモノが違いますよ。センスだけでいえば、すでに代表に入っても遜色ないでしょう。(星稜時代にチームメイトだった本田)圭佑以来というか、それ以上ですね。自分がやってきた中で、あそこまでの選手はいない」

鎌田は「最低でも代表」まではたどり着くだろう。それほどの才気である。そこから先の道筋はまったく読めない。

「運動量が足りない」

「球際が弱い」

そんなありふれた指摘をする人も少なくないが、本質を見誤っている。高校からプロに進んだとき、競合のスカウトはいなかったというが、まったく信じられない。試合を重ねる中、鎌田は高いレベルに適応していける。むしろ、能力の低い選手は彼の見えている景色が見えない。

Jリーグのセカンドステージ、それはフットボールの神に愛された少年の序章に過ぎない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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