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リオ五輪メダルの切り札、橋本拳人の躍動感。

小宮良之スポーツライター・小説家
ACLで躍動するFC東京の橋本拳人(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

リオサッカー男子五輪代表の静岡合宿(4月11日~13日)に、一人の新鋭がメンバーに入っている。

FC東京に所属する22歳MF、橋本拳人。

今シーズンはJリーグで開幕から先発出場を続ける。リオ世代で出色のセンスの持ち主。今年1月のアジア最終予選で選ばれなかったのが不思議である。リオ本大会では18人(予選は23人)とメンバーがさらに絞り込まれるが、複数のポジションをこなせるプレーヤーが重宝される。橋本はボランチ、インサイドハーフ、サイドハーフ、サイドバック、センターバックと主にすべての守備的ポジションで適応し、「リオの切り札」になり得る。

ポリバレントは器用貧乏とも受け取られるが、橋本に限っては"代用品"とはならない。

イタリア流のカタルシス

「ダイナミズム」

それが橋本のプレーを簡潔に表す言葉だろうか。あるいは、プレーの躍動感。基本的な運動能力に恵まれているだけに間合いの距離が長く、それによって攻撃でも守備でも相手より優位に立てる。J1でのリーグデビュー戦でいきなりゴールを決めたように、ゴール前に飛び込む姿も迫力満点。同時に、守備では触手を伸ばすようにしてボールを奪い取れる柔らかさと鋭さがある。

攻守両面のセンスの良さによって、彼はどのポジションも自分のものにできるのだ。

2014年シーズンにはJ2のロアッソ熊本で、センターバックとして主力を担った。2015年シーズンには生まれ育った東京に呼び戻され、シーズン当初は試合メンバー入りも厳しい状況だったが、着実にセンスを磨いた。そこで相手ともつれながらボールを取り切れる守備の強度などを評価され、試合終盤のクローザーに抜擢されることに。サイドMF、右ボランチ(インサイドハーフ)として堅実に仕事をやり遂げ、リーグ戦終盤に羽生直剛、三田啓貴らとの争いに勝ち、先発に起用されるようになった。

「昨シーズン(2015年シーズン)は今までで一番成長できたと思います」

橋本は充実した1年間を振り返るが、イタリア人指導者との遭遇は成長の触媒になった。

「マッシモ(フィッカデンティ監督)の下で、まずはポジションを取る、というのを徹底されました。それまでは(守備のときは)いけそうだったらボールにチャレンジする、というプレーをしてきたんです。でも、マッシモは基本的に中をやられることを嫌うので、そのコースを切って、ボールを下げさせればまずはOK。それがイタリア流ってことなんですかね? とにかく周りとの距離感を気にするようになりました。周りを使って守るとか、サッカーに対する考え方が幅広くなったかもしれません」

2000年代前半、当時世界最高のセンターバックと言われたセルヒオ・アジャラが語っていた話がある。

「祖父、父もセンターバックでプレーし、父と自分は選手晩年に共にプレーした。守りについては、自信があったよ。しかしイタリアに行ってみて、守りの奥深さに開明された。自分が守備者として習熟できたのは、イタリアの守備の伝統に触れたからだ」

アルゼンチンを代表するディフェンダーも、イタリアの守備の極みには圧倒された。細かなポジショニングやクリアを飛ばす位置、周りを使った集団的守備。いくつもの着目点はあったが、なによりメンタリティが際立っていたという。

「イタリア人は守りに入っても、気持ちまで守りに入らない。冷徹に試合を戦うことができる」。アジャラはそう説明したが、イタリア人は平常心で敵の攻撃を受けられる。心理学用語で言う「メタ認知」に優れる。自分自身の思考や行動を、対象として客観的に把握し、認識できる。守ることに心理的摩耗が少ない。受け身に入ると恐れや不安に苛まれるものだが、彼らは守りながら攻撃性を失わないのだ。

イタリアの伝統は、ディフェンスを一流にする。

橋本はその刺激を受け取る度量を持っていた。性格的には謙虚に映るが、意外なほどに図太く、感情に流されないのが特徴だろう。高い集中力で90分間を戦い通せるだけに、プレーを重ねるたび強くなれる。それは天分と言っていい。

守備者としてのスキルも非凡である。敵アタッカーに身体を入れるときに足が伸びる感覚は、日本代表として10,14W杯に選ばれた今野泰幸にも似ているが、橋本の方が体格的に恵まれ、空中戦も強い。リアクションプレーの部分でアドバンテージがあり、"後の先をとる"戦い方ができる。先手をとるのではなく、相手の攻撃を待ち受け、敵の太刀筋を見抜きながら切りつけられるのだ。 

現時点でスケールは及ばないものの、そのユーティリティ性はバイエルン・ミュンヘンのスペイン代表MFハビエル・マルティネスの素質に近い。ダイナミックな間合いを、攻撃でも守備でも使えてしまう。例えばボールをつなげるチームスタイルなら、むしろセンターバックとしてゲームを作れる。

「今以上の選手になりたいです。周りの想像を超えるような選手に」

22歳のルーキーは意気込むが、リオイヤーは飛躍が期待される。東京の下部組織時代から親交のある一つ年上の武藤嘉紀は、すでに世界に羽ばたいている。橋本はJリーグで試合経験を積むことが先決だが、リオで躍動して世界へ――。それは決して夢物語ではない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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