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今年で40才のトッティはなぜ「不滅」か?

小宮良之スポーツライター・小説家
ベルナベウでドリブルするトッティ(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

3月8日、サンティアゴ・ベルナベウで筆者が目にした光景にはノスタルジーが横溢していた。チャンピオンズリーグ決勝トーナメント、レアル・マドリーとの戦いに乗り込んできたローマ。試合終盤で登場した39才、フランチェスコ・トッティの姿に人々が歓声を上げる。敵味方を問わず、背番号10の偉大なキャリアに敬意を表した。

「トッティがベルナベウに立つのはこれが最後だな」

横に座っていたイタリア人記者はそう言って、鼻を鳴らした。

試合の決着が付いた中で投入されたローマの英雄は、ルチアーノ・スパレッティ監督からはほぼ戦力外の扱いを受けていた。今シーズンはほとんど出場時間が与えられていない。契約更新の可能性は乏しく、「引退」を突きつけられていた。

しかし、本人の気力は少しも衰えていなかった。

「まだまだ俺はやれる」

トッティはそう言って、ピッチに立つ機会を監督に強く求めた。プレースキルの高さは健在で、この夜もボールタッチの質は際立っていた。なにより、拍手を受ける英雄は誇らしげだった。

それ故、トッティの復活劇に驚きはない。

4月に入ってのアタランタ戦、トッティは終了前の出場で同点弾を放り込む。続くトリノ戦も同じく終盤の出場で2得点で勝利を引き寄せ、ナポリとの上位対決は鮮烈なパスで勝敗を決する。さらに5月2日のジェノア戦は後半途中出場で唸るようなFKを直接叩き込み、甘美なパスワークを見せ、とくにサラーへのダイレクトロングパスなど秀抜だった。「背中に目が突いた」といわれるビジョンと「圧倒的な芸術家」といわれる技巧派さび付いていない。

今年40才になる男は、息を吹き返したように華々しい輝きを見せる。

「散り際を汚さずに引退するべきだろう。あいつはもう王子ではない。今のままでは老害も同然だ」

そんな調子でこき下ろしていたイタリアのメディアは、知らん顔で手のひらを返している。

トッティは「不滅」か?

その答えは、かつて取材したトッティの専属トレーナー、ヴィト・スカラの証言にあった――。

フィジカルトレーナーも脱帽の「メンタル」。ボールに愛される男

不屈の肉体を作り上げたフィジカルトレーナーが、トッティの側にはいた。

「私は彼の素質を引き出してやることだけを考えていたよ」

トレーナーとしてトッティの肉体を作り上げたヴィト・スカラは、そう説明していた。厳つい用心棒のような顔つき。注意深い獣のように見えたのは、トレーナーとして変化を観察するのが仕事の一つだからか。

スカラとトッティの二人は89年、ローマに同期入団しているが、立場は違う。スカラは下部組織のコーチとして、トッティはジョバニッシミ(ジュニアユース)の選手としてだった。程なくスカラは下部組織のコーチを辞めたが、97年にカルロス・ビアンチ監督が解雇されたシーズン、トップのフィジカルトレーナーとして呼び戻された。それ以来、二人は個人的に急接近することになった。

「専属トレーナー契約を結んだとき、フランチェスコはトップチームにいて、故障を抱え初めて悩み始めていた」

スカラは振り返る。強面は声もドスが利いていた。

「初めて指導することになったとき、あいつの体はアマチュアレベルだった。技術的に素晴らしかったから1軍でプレーできていたが、徹底的に鍛える必要があった。潜在能力そのものは高かったから、肉体的基礎を作り直した。ただ正直、それで十分だった。スキルが飛び抜けて高かったから。試合後は痛みを和らげ、体を回復させるのに集中した。フランチェスコは試合中にかなり激しいタックルやチャージを受けるから、次の日は歩くのも辛いくらい。シーズンを通して中より上のコンディションをキープさせる、をノルマにした。彼とは常に対話し、なにが必要か、を徹底的に話し合い、向上してきた」

スカラはトッティの体を鍛える、というよりは、臨戦態勢の維持に心を砕いた。

「ダッシュ&ストップのトレーニングには重点を置いたかな。それはフットボーラーの基本的な戦闘力だから」

スカラはそう明かしながら、こう続けている。

「でもね、彼はフォーリクラッセ(規格外)だよ。次元が異なるタレントさ。フィジカルトレーナーとしてこんなことを言うのもなんだけど、とにかく精神面が強い。それが彼を強靱な選手にしている。例えばフランチェスコは8万人の大観衆の前に出ると、その熱気を自分のものにできる。ほとんど重圧を感じない。むしろ、躍動する。筋肉はストレスや不安によって、実はかなり影響を受ける。集中力が欠けていると、怪我もしやすくなる。だが彼は雑音をシャットアウトし、試合に入っていける。日々のケアで疲れさえ取れていればケガは少ないし、体も動く。メンタルが彼の最大の能力なんだ。なにより、ボールに愛されている。ジェニオ(天才)さ。ラファエッロやダビンチと同じだね」

トッティは自らの体力や技量に優れていたし、一流のトレーナーにも出会えた。しかし、今も変わらぬ輝きを見せられる理由は「熱気を自分のものにするメンタリティ」なのかもしれない。まるでスポーツ漫画の主人公のように、満員の観衆のエネルギーをプレーに還元できる。ボールに愛された男は、飛んでいきたい先が分かるに違いない。

いつか、星は輝きを失うだろう。残り時間は少ないとしても。きっと、最後の煌めきは目も眩むほどに。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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