Yahoo!ニュース

CL決勝アトレティコと乾サブの相関性?サイド制圧が欧州サッカーのトレンドに。

小宮良之スポーツライター・小説家
バイエルンを破ってCL決勝に進んだアトレティコ(写真:ロイター/アフロ)

乾がビッグクラブ相手にベンチな理由

日本人アタッカー、乾貴士は今年1月にエイバルでその存在を示した。ベティス、エスパニョール、グラナダと先発出場で3連勝に貢献(2試合連続得点)。地元ファンの期待は高まった。ところが、それ以降は先発の座を確保するには至っていない。

その理由に対する回答はシンプルだった。

ホセ・ルイス・メンディリバル監督が4-2-3-1ではなく、4-4-2に近いフォーメーションを採用。両サイドには相手の守備を切り崩せるようなウィングタイプのアタッカーではなく、守備力のある、高さと強さのあるMFタイプの選手を配置したからである。乾は間違いなく前者だった。

「乾は献身的だが、サイドで相手にプレスをかける強度が足りないし、ブロックを作って構えるのには向かない。格下、もしくは同等の相手ならいいだろう。しかし、力が上の相手では弱点となる」

地元で取材したとき、エイバル関係者はそう言って肩を竦めていた。事実、リーグ上位のアスレティック・ビルバオ、アトレティコ・マドリー、セビージャ、レアル・マドリーとの一戦はことごとく先発を外れている。

筆者が現地を訪れたバルサ戦も、サイドにはアルゼンチン人のエスカランテが抜擢されていた。エスカランテは普段、ボランチを務める選手で、ボール奪取と鋭いマーキング、もしくはチェイシングを特徴とする。そして左サイドに起用されたのはアドリアン・ゴンサレスだった。長身のMFはボールを持てるパサータイプで、スピードはないが高さがあり、フタをするような守備ができた。

戦略的意図は明らかだろう。

「サイドを封鎖し、ゲーム全体を有利に動かす」

このサイド制圧戦術が欧州では有力なオプションとなっている。

バルサ、バイエルンを撃破したシメオネ・アトレティコ

これによって、大きな成功を収めているのが、ディエゴ・シメオネ監督率いるアトレティコ・マドリーだろう。

アトレティコは欧州チャンピオンズリーグ(以下CL)で準決勝に進出。ドイツ王者バイエルン・ミュンヘンとの準決勝1stレグでは、本拠地で1-0と先勝(国内リーグを含めて4試合連続の1-0勝利で、しかも6試合連続の無失点を達成)。そして2ndレグでは2-1と敗れるも、防御力の高さとアウエーゴールで勝ち抜けた。ちなみにリーガエスパニョーラも最少失点を誇り、「最も負けにくいチーム」としてバルサ、レアル・マドリーと熾烈な優勝争いを繰り広げる。

シメオネは「ポゼッション率になんの意味もない。勝負がすべて」と公言する指揮官である。相手にボールを持たせて敵を引き入れた後、ボールを奪って敵陣に殺到するような戦いを得意とする。退屈との誹りを受けようが、守備の砦は堅牢堅固。特筆すべきは、サイドにコケ、サウールようなセンターハーフタイプの選手を配置する点だろう。彼らはサイドから受ける攻撃に鍵をかけ、攻撃の時には積極的に2トップやサイドバックと連係し、ときに自ら駆け上がる。

サイドを軸に戦いを有利に動かす。これはとりわけ、強大な敵と戦ったときにアドバンテージになる。守備の乱れは攻撃をも機能不全にするものだが、彼らは自ら崩れない。

もっとも守備重視は、諸刃の剣の部分もある。

守備の強度を高めるということは、攻撃の強度を低くせざるを得ない。エイバルの例で言えば、エスカランテもアドリアンも、乾のような突破力は持たず、バルサ戦もゴールの予感がしなかった。言い換えれば、得点の可能性は乏しく、その脅威がないだけ、相手に自由にプレーさせていた。事実、エイバルはバルサを相手に健闘するも、失点後はただ耐え抜くのみで、終わってみれば0-4の大敗だった。

欧州随一のクラブとなりつつあるシメオネ・アトレティコも、実はCL準々決勝で対戦した世界王者バルサ相手には7試合で7敗と一度も勝っていなかった。1stレグも、1-2と逆転されている。守備の比重が高くなることは怯えにもつながり、弱みにつけ込まれていた。フットボールは得点を取り合う、というのが原点のスポーツで、サイド制圧で勝利を、という考え方は万能ではない。

しかしながら、アトレティコは2ndレグで最強バルサを下し、戦い巧者として一皮むけた。攻撃を退けつつ、機が熟するのを逃さず、アントワーヌ・グリーズマンのヘディングで先制。一方でネイマール、メッシの進入路を完全に封鎖し、中央に押しやり、そこで四方から殲滅した。そして終了間際には、左サイドに攻め入ってきたセルジ・ロベルトからサイドバックのフィリペ・ルイスがボールを奪い返してカウンターを発動し、狼狽したバルサのPKを誘った。封鎖するだけではなく、サイドでの戦闘を制することによって、2-0と勝利を飾ったのである。

準決勝の2レグ、バイエルン戦は前半は速いパス回しに崩れかけたが、後半からサイドに突破力のあるヤニック・カラスコを投入した4-1-4-1で守勢を押し返しつつ、グリーズマンがカウンターを決めている。試合ごとに攻守は多様化し、変貌を遂げつつある。決して防御だけではない。

サイド制圧。

乾がビッグクラブを相手にサブに甘んじる理由とシメオネ・アトレティコが欧州で最強を誇る理由。その二つの相関性は検証に値するだろう。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事