Yahoo!ニュース

「命じたらパジャマでも練習に来る」まじめFWイグアインは、運命を変えられる?

小宮良之スポーツライター・小説家
昨季のセリエA得点王イグアインはユベントスへ。(写真:ロイター/アフロ)

アルゼンチン代表FW、ゴンサロ・イグアイン(28歳)は2016-17シーズンに向け、ナポリからユベントスに移籍を決めている。移籍金はセリエA史上最高額の9000万ユーロ(約105億円)。クリスティアーノ・ロナウド、ガレス・ベイルに次ぐ歴代3位で、どうしても高額移籍に目が向く。

「金の亡者」

一部のナポリのファンは"裏切り"に恨みを抱き、ユニフォームを焼いているという。

「最近の選手は金ばかり追いかけて、ハートはどうでもいいのさ」

ASローマ一筋20年以上のフランチェスコ・トッティは一刀両断している。

「ライバルチームに移籍するなんて残念」

かつてナポリで英雄視されるディエゴ・マラドーナも、そう言って同胞を突き放した。

もっとも、イグアインは罪を犯したわけではない。移籍金はチーム同士で支払われるだけで、イグアイン本人の収入とは関係ないのである。なにより、名門チームとの契約は彼が実力で勝ち取ったものだ。

では、どんな決意で移籍を選んだのか?

「最も見栄を張らない選手」の影

レアル・マドリー時代に取材したイグアイン(2006~13年まで7シーズン所属)は、どこか垢抜けなかった。その理由は容貌にあったのかもしれない。ブサイクでも、端麗でもなく、十人並み。あまり特徴がない。

ただ、容姿を不人気の理由とするのは行き過ぎている。

イグアインはゴール数こそ多いが格下相手のゴール量産で、チャンピオンズリーグやリーガエスパニョーラの重要な一戦で勝利に導くゴールが少なかった。マドリーの一流選手の基準となるクラシコでのゴールが乏しく、カンプ・ノウでは一度も得点できていない。「彼のおかげで優勝トロフィーを掲げた」という印象が薄い。

2012年夏、C・ロナウドはマドリーにエースとして残り、イグアインが退団を余儀なくされている。「C・ロナウドがスター選手だったから」と結論づけるのは短絡的で、人気者になるには理由があった。C・ロナウドはマドリー歴代最多得点という数だけでなく、クラシコで価値あるゴールを叩き込み、チャンピオンズリーグでも上位進出を決める一戦でゴールを奪い、タイトルを勝ち取ってきたのである。

イグアインはラウール・ゴンサレスのようなレジェンドと比べてもゴールアベレージは匹敵するものの、ここ一番で弱い。

「精神的に弱く、悩み出すと悲観的になる」という性格で、ストライカーらしくないところがある。純朴で、手堅い。慎重な性格は「センターバックだった父の遺伝」という話もあるが、証明のしようがない。

「ゴールなんて、ケチャップみたいなもんだ。出るときはどばっと出る」

先輩FWのファン・ニステルローイに励まされ、鬱々とした気分から抜け出し、ゴールを取り始めたこともあった。

かつてジョゼ・モウリーニョ監督は、イグアインの律儀さについてこう評している。

「最も見栄を張らない選手。パジャマで練習に来い、と命じれば、嫌がらずにやって来て文句も言わず仕事ができる」

しかしマジメなキャラクターであるが故か。皮肉にも、イグアインはある種の陰気さを背負う。昨季はセリエAで36ゴールで得点王も、ヨーロッパ・ゴールデンシュー(ヨーロッパ各国リーグの選手で、最も多くの得点を挙げた選手に与えられる賞)では、リーガ得点王であるC・ロナウドの後塵を拝した。なにより、キャリアハイと言われる昨季も、チームとしては一つもタイトルを取れていない。

イグアインは過去にもマドリーで3度のリーガ優勝経験はあるが、チームのエースというべき選手は他にいた。ナポリでも3シーズンで一度コッパイタリアを勝ち取ったに過ぎない。また、アルゼンチン代表としても、勝負弱さをさらけ出している。2015年のコパ・アメリカ決勝はPKを外し、2016年のコパ・アメリカ決勝はGKとの1対1を外した。重圧に押し潰された形だろうか。

「星の下に生まれている」という言葉がある。輝かしい運命を持っている、とも言える。ストライカーはどこか底抜けに明るい、太陽のようなところがある。ポルトガル代表としてEUROで優勝したC・ロナウドは典型だろう。誰よりも自分の力を信じ、彼の存在そのものが全体を駆動させるシャフトになっていた。マドリーでのCL決勝も試合自体は冴えなかったが、PK戦の最後のキッカーとして勝負を決め、一面を飾る輝きがあった。

「チャンピオンズリーグ制覇が目標」

イグアインは改めて語った。ユベントスというビッグクラブで、アルゼンチン人FWは運命を変える戦いに挑む。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事