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リーガデビューで得点!代表MF清武がスペインで成功する「保証書」と消えない不安

小宮良之スポーツライター・小説家
日本代表MF清武がリーガエスパニョーラデビュー戦でゴール(写真:ロイター/アフロ)

8月20日、セビージャの日本代表MF清武弘嗣は、リーガエスパニョーラでデビューを飾っている。そのエスパニョール戦、いきなり得点を決め、6-4という勝利に貢献した。欧州トップ10に入る強豪クラブで開幕スタメンを飾る、というだけでも快挙だが、チーム戦術のパーツとして高い機能性を見せ、デビュー戦ゴールまでやってのけた。大きな一歩を記したことは間違いない。

では、清武はセビージャで歴史に残るような活躍を遂げられるのだろうか?

そもそも清武のスペイン挑戦は、過去の日本人選手のそれとは一線を画している。

これまでは、マーケティング面の要素が色濃かった。グッズ販売やスポンサー帯同、放映権を持つテレビ局が移籍金を肩代わりしたこともある。あるいは、リサーチ不足や甘い評価も目についた。選手としての特性を見抜けず、半年から1年以内に放出されるケースがほとんどだった。

「日本人選手はボールテクニックが高く、よく走るし、アジリティーに優れる」。そう語られる長所は的外れではないが、リーガエスパニョーラは欧州各国リーグの中でも、"その能力を出す、出させない"という戦術的駆け引きに抜きん出て優れている。そのため、スコットランドやオランダではそのスキルを出せても、スペインでは出せなかったのだ。

<持っている力を出せない>

そのジレンマに、スペインに渡った日本人挑戦者は苦しんできたと言える。

では、清武は他の挑戦者となにが違うのか。

答えはシンプルである。

世界トップのスカウト班を誇るセビージャに、2年間をかけて見そめられた――。たったそれだけで、「清武が成功する保証書」となる。

「セビージャに声をかけられた」というのを"担保"に、マーケットでの値打ちが上がるほど、そのスカウティング力は評価されているからだ。

セビージャのスカウトは20人近くで毎日情報を交換、複数の代理人と連携を取り、世界フットボールの状況を把握。例えば毎週、欧州各国リーグのベスト11を選び、その中で気になった選手を最低でも7人がリサーチする。そこで上位8~10人に絞って、それぞれがABCDEの5段階で評価する。例えばAならば、「即契約に動くべき」、Cなら「継続」。淘汰した中で、最終的に"慧眼"で知られるスポーツディレクターのモンチが判断する。

過去、多くの選手が数倍の価値をつけ、ビッグクラブに買われていった。

ダニ・アウベスは55万ユーロ(6600万円)で買って、3550万ユーロ(42億6千万円)でバルサに売却。60倍以上の驚異的利益率だが、ジュリオ・バプティスタ(→レアル・マドリー)、アドリアーノ、セイドゥ・ケイタ、イバン・ラキティッチ、アレイチュ・ビダル(→バルサ)、カルロス・バッカ(→ACミラン)、コンドグビア(→モナコ)など多くの選手が追随する利益率を叩きだしている。今シーズンも、750万ユーロ(9億円)で買ったケビン・ガメイロを3200万ユーロ(38億4千万円)でアトレティコに売り、550万ユーロ(6億6千万円)で買ったクリホビアクを3360万ユーロ(約40億3千万円)でパリSGに売ったばかりだ。

650万ユーロ(7億8千万円)でドイツのハノーバー96から移籍してきた清武の価値は、どこまで跳ね上がるのか?

清武を一言で表すなら「LIMPIO」

「LIMPIO」

それがセビージャ首脳陣から漏れ聞こえる評価を凝縮した一言になるだろう。スペイン語で綺麗な、公正な、純粋な、という意味で、スポーツ用語ではフェアな、見事な、という意味で使われる。フェアプレーであり、ファインプレーであり、完璧で整然としているようにも見えるのだが、無垢なところもあるといったところか。この言葉の意味は深く、清武というプレーヤーを端的に表している。

デビュー戦、清武はMFとして右サイドから中央へとポジションチェンジを繰り返し、チームのメカニズムを高めていた。

「どこのポジションもできるクレバーな清武は、とくに南米出身の監督にとっては、有用な選手になるだろう」

これは大分トリニータ時代の恩師であるシャムスカが、清武のスペイン挑戦にあたって贈った言葉だが、清武は卓越したボールスキルを戦術に落とし込んでいた。とりわけ、トップ下のフランコ・バスケスとの連係にはあうんの呼吸があった。ホルヘ・サンパオリ監督の戦術はボールプレーのインテンシティが高く、技術のない選手はふるい落とされる。奪い返すための強度も求められ、順応は決して簡単ではない。そこでセビージャ首脳陣に「清武がボールに触ることで、周りの選手のプレーが良くなる」と言わしめ、戦術の中でなくてはならない存在になりつつある。

しかし、100点満点の試合でもなかった。

清武は得点後にバックパスをかっさらわれ、それが直接失点に結びついている。セビージャというチームは徹底的にボールゲームを信奉するだけに、ビルドアップからのミスでの失点は避けられない。この日もその形で4失点。しかし、後ろへのパスを取られたのは清武だけだった。腰が引けたことを意味するミスだっただけに、前で引っかかったパスよりも大きな減点となる。

LIMPIOの無垢さが出た格好だろう。

また、清武はチームが前にボールを運べたときは無双を誇ったが、全体のリズムが悪いときに局面を変える逞しさはもの足りず、そこは相手が格下ということに助けられていた。また、守備の強度も低い。先制点の失点も、清武のプレスバックが甘く、抜け出られたところを失点。10点が乱れ飛ぶ大味な試合になって、ミスの印象は薄まったが、課題も出た。

今後は、日本代表招集での往復による長旅や時差などによるプレー劣化問題も出てくるだろう。また、セビージャは週2試合のスケジュールで国内リーグと欧州カップを戦うことになる。経験したことがないレベルの高いゲームが続き、清武はその日程の調整にも苦しむに違いない。

もっとも、セビージャのスカウト班はそれらも含め、見抜いて獲得しているのだろう。行く手は険しいが、保証はある。サンパオリ監督も大きな信頼を寄せている。

一つだけ言えるのは、現在の欧州日本人サッカー選手で最も高いレベルで戦っているのが、清武だということである。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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